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なぜうまくいく社長さんは参拝によく行くのか?

スピリチュアル経営学的視点で よく、日本でも成功している社長さんが神社によく通う、という話を聞きます。 実際そうなのかと云われれば色々な社長さんが居るし、何を以て上手く行っているとするかはわかりませんが、神社でお参りをする社長さんたちが比較的順調な傾向があることは間違いありません。 確かに海外でも優秀な弁護士やコンサルタント、資産家の面々はかなりの割合でjewishだったりするので礼拝は普通です。ただ、特別なものというよりは日常に近いものなので、日本人のように「敢えてそうしている」というものはないと思います。 スピリチュアル的にはどうなのか。 これは簡単で、初級プログラムでも祈りの授業が少しあるのでお話することがありますが、祈りというのは最善最適を祈ることを言います。お祈りをおささげするときに、「ああなったらいいなあ」とか「こうなったらいいなあ」というのは在りません。それは祈りではなくお願いごとです。 先に、祈っていると上手くいくとはどういうことなのかだけ話しておくと、祈る習慣があると先ず順調にいきます。なぜ? 祈りと言うのは自分の利害を捨てて全体の調和を祈るからです。反対のパターンを考えた方が理解が速そうです。 大体上手くいっていないと感じるときというのは何らかのバランスが崩れている時期です。体調が崩れているときと同じようなものです。バイアスがかかっており、平衡状態ではない時に人は「調子悪いなあ」とか「上手く言ってないなあ」と感じます。 ※勿論それは経過として必要な場合もあるから、バイアスの全てが悪いとは言い切れません。ただここでそれを考えてしまうと解がばらけるので敢えて切り捨てます。 では話を戻して、反対に上手く行っている状況と言うのはどういう状況かと言うと、それは恐らく以前にも増して調和している状況です。不安な状態がさして続かず、ある一定の安寧がそこにあるわけです。理由は色々でしょう。財務的に豊かだったり、パートナーとコミュニケーションがうまく取れているとか、まあ色々ですが、いずれも共通しているのは不安定な状況を克服して安定を手にしているということです。 そうアプローチすると、お祈りを習慣にしている人が経営や仕事で上手くいくのも納得です。 やっとなぜなら、という話ですが、お祈りをするということは自我<エゴ>を捨てるということ。だから、バランスを取り戻して全体最適化が図り易くなる。問題が生じている時というのは右か左かで悩んでいたり偏った考えに縛られていて問題解決自体に支障を来している時期です。 ということは、「右でも左でも良い」という風にニュートラルになった時、偏りがなくなって途端に矛盾が解消するわけです。矛盾が解消されれば当然今まで問題と思っていたことが溶けていくわけですね。 人は無自覚に不安を感じるように出来ています。本来それは自発性のものなので何にもしなければ(放っておけば)雑草のようにぐいぐい伸びていきます。私はよく不安がある、という状態を、心の雑草が生えていると表現していますがこの表現は恐らく強ち間違っていません。なぜなら雑草ですから本来無害でかわいいものですが、放っておく側(人間側)の怠惰にむしろ害があります。 自分のメンタルコントロールというのはライフハックスキルの1番目に登場しますが、これができないでスピリチュアルを学ぼうというのは本末転倒です。スピリチュアルというのは別にメンタルコントロールのためにあるわけではなく、能力開発や新しい着眼点(人間の頭では想像がつかないような高次の解)を手にするためにあるので、メンタルコントロールなら正直NLPだけで十分ですしなんせ気軽に手に入りますから自助努力で頑張りましょう。(というよりそれはむしろ本人の自律の問題が大いにあると思いますが掃除を習慣にすれば怠惰癖は大抵治ります) 私達スピリチュアルマスターが提示するのはむしろその先にある人知を越えた領域です。なんせこの先々人類がどうなるかすら読めるようになるわけですから、流石にその技術をメンタルコントロールに使うには規模が小さすぎます。 別にダメじゃないですが、要は屋形船に乗船するチンピラ相手に戦艦からGPS搭載の弾頭を飛ばすようなものなのでメンタルコントロールのために使うにはスピリチュアルはあまりに豪華すぎるのです。 なので、基本的にスピリチュアルというのは志の高い人のためにあるものですし、夢や理想がある人にとっては契約の箱並みの貴重な神具になりうるわけですね。 「右でも左でも良い」となると人はどうなるのか? ところで、お祈りを習慣にしている人が「右でも左でも良い」となるから途端に順調に物事が進むようになると言いました。せっかくの聖夜ですのでもう少しファンサービスしたいと思います。(意味深) 右でも左でも良いとなると途端に調和して、とあっさり書きましたが、実はこの過程にスピリチュアル的要素が詰まっているんです。意思決定マネジメントがスピリチュアルの価値だと毎度のことながら書かせて頂いていますが、ここにも通じる部分が多く潜んでいます。 多くの社長さんが知っている秘密?ですが、「意思決定で躓くから上手くいかない」んです。運がいいとか悪いとか、生まれや育ちが良いとか悪いとかって特に経営状態には全く関係ないんですね。それどころか私含めて上手くいく経営者さんは生まれや育ちがとんでもない粗悪な人の方が多いです。どういうことか? 要は、仏教徒の方なら一度は耳にしたことがある「喜捨する心」です。 松下幸之助じゃないですが、拘りがあるから上手くいかないんです。ある一定の成果が出るまでは拘りぬいた方がいいかもしれませんが、何か上手くいかないなあと思い始めた頃にこだわりを「えい!」って捨てると、途端に軌道に乗り始めるという体験はどんな社長さんにも共通してあります。(ただし、上手くいったことがある人だけ) 逆にいつもいつも「上手くいかないなあ」とか「あれがあかんねん」ってつぶやいているサラリーマンの皆さん(ドキっとした人ごめんなさい)、それは拘りを捨ててないからです。「そんなはずない、なんでもいいですって言ってるはず」と言ったとしたらそれはメタ認知トレーニングが足りてませんね。 実際に上手くいっていない人の周りの人たちに聴いてみると「あの人は結構あれやこれや注文付けてくるからなあ」とか「文句ばっかりで自分では何にもしないからなあ」とサードオピニオンを聴くことがありますがそれは本当だと思います。自分でも気づかないくらい拘り過ぎてて気づかないのかもしれません。 そして創業初期の頃の社長さんや自営業にありがちな拘りは、お金に関することが多いです。というより、本当はお金に関する拘りを捨てないと先に進めないし進歩しないからそういう出来事が続くんですけどね。 事業というのはプレゼントに似ているとよく言われます。営業の世界でもプレゼントトレーニングをさせられます。それはマーケティング技術の向上に大変有用だからです。「あの人はこういうのだったら喜ぶんじゃないか」という練習を徹底的に続けているうちに、売り上げがぐんぐん伸びるわけですよ。(未だ知らなかったという方はぜひ実践してくださいね) どんな事業も物々交換がベースにあります。しかし、時代の変遷と共にお金や情報といった無形価値が増えて行ったのでうっかりすると忘れがちですが、人に与えるという行為は何も物である必要がない。むしろ、物じゃないプレゼントにこそ、その人の品位や性質、人格が問われています。 経済活動は物々交換が原則だから、与えなければ取引は何にも始まりませんよね。この「与える」という行為に傷がある人は経済活動が頓挫しやすいんです。その傷があると誰も見向きもしてくれないから。あるいは過剰に与えてしまう。所謂愛着障害チックな状態です。 上手に与えられる人は、与えすぎず、与えなさすぎずを熟知しています。 このタイミングではこういうプレゼントの仕方の方が相手が喜ぶだろうとか、添える言葉や文句にも気を使います。 プレゼントトレーニングをした人なら誰でも経験していますが、「すごく良いものをあげたいけど、相手がびっくりしたり気負いさせてはいけないだろう」と、色々考えを巡らせます。つまりどうしたら相手がすっと喜んでくれるだろうかと考えるわけです。 まさか大事なクライアントに研修生を宛がって通常料金で請求する人はいません。それは安く見積もられたか、敢えてそういう取引(バーター)を選んでる等特殊な条件です。 もし相手が大事な人だと思っていたら、一番良い社員を宛がうと思いませんか? 一番いい社員を宛がったところ、クライアントから「素晴らしいサービスをありがとう」と次の取引につながるわけでしょう。それで結果として業績として評価されるにすぎません。 多くの上手くいかない人がやってしまいがちなのが、このビジネスの一番肝心なプレゼントプロセスをすっとばして数字だけを追っかけてしまうこと。これでは取引はおろか信用まで失ってしまいます。 本当は何を大切にすべきか、ということを考えた時に「与える」という行為について深く熟知しておくことが最大の強みになるはずです。しかも、創業期や安定期などの時期に関係なく永遠に使える経営スキルなので、磨いておいて損は1つもありませんよね。 これがプレゼントスキル。 ところで、上手くいかない時というのは偏りがあり、ある種の不調和を生み出しているということです。 それは、相手から何かもらいたい、もらいたいとばかり考えているときです。ちょっと幼稚ですが実際インナーチャイルドが拗れている場合が多いです。恋愛でも同じです。 一般的に、何を与えられるか、ということを主軸に日常の設計をしている人は、取引先にも売上にも恵まれています。しかし、何かを相手から引き出してやろうという考えが先行していると、これでは単なる借入になってしまいます。 相手にこうして欲しい、こうして欲しいで欲しいばっかりなのですね。 だからお客さんが逃げていくんです。そういうのって、習慣なので直すのは一苦労要りますが、できたとしたらあっという間に解決するのでしょうね。 偏りってそういうものの類です。 だから、お祈りを習慣にしている社長さんは自我が飛び出ないようにメンテナンスをしているから業績が好調なんです。 おわり。 追記  この記事はスイスで開講予定の上級クラスーMoon Stone Class内授業「Spiritual Management for future inspire(仮)」の授業企画に盛り込まれている内容を踏襲して一部公開しています。