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Announcement from Lucerne school Educatioin Spiritual Spiritual Course switzerland

スピリチュアルが「行動」にすべての理論の原点を求めるわけ

元祖スピリチュアル科学を地で行くXCIですが、私たちの原理原則の一つに「行動(力)」、「現象化(力)」みたいなものがあります。 じつはいくつものヒーリングプログラムの結果として求めているのは行動であり、行動の結果としての現象です。 どのような現象を引き起こすか?という現象学としてのスピリチュアリティを初めから最後まで貫いていますが、それをはっきりと行動原理論として体系的に伝えたことはありませんでした。(授業ではちょくちょく話すことがある) これは実際には「行動科学としてのスピリチュアル原理入門」みたいなオタク向けの本が一冊できそうなくらい実に多量の注釈を加えることができるのですが、そんなことやっていたらこのブログがそれだけで埋め尽くされそうなのでここでは日本での本部活動が終了するこの年末というタイミングにちょこっとだけ紹介したいと思います。(というのも、XCI orgの国際プログラムではそれをメインに扱うからです) 私達が「スピリチュアルは行動科学である」と定義している理由も、ここでわかります。 Article 0 : スピリチュアルリーダーってどんな人たち? むかしから、大手のスピリチュアルリーダーやミステリースクールの活動家たちは非常にアクティブであったことで知られています。 今はなかなか社会環境的にそうでもないので、聞きなれないかもしれませんが、当時はヒッピーという呼称で呼ばれていた人たち―豊田勇造さんや、南正人さんなどがまさに今我々がスピリチュアル活動をしている中で直接歴史上の流れの中で前衛を任されてきたような立場にあります。 スピリチュアル領域でいう「アセンションリーダー」とは常に変革リーダー(チェンジリーダー)ですので、当然社会との軋轢の中で相当揉まれながら生きている人が多いですね。 例えばスピリチュアル活動でチェンジリーダーとして有名な人物は色々ですが、マハトマガンジーやマザーテレサなどは日本ではお馴染みの例と言ってよいでしょう。 イエスキリストもユダヤ教の中でも特に類まれな天才的な人物であると同時に、チェンジリーダーとして非常に苦しい人生を送った一人です。 では今もチェンジリーダーはそういった軋轢の中で揉まれて殉教者や聖人にならなければならないかと言えばそうでもないのが実態で、この50年くらいで人類全体での知的水準は流石に2,000年前のローマよりはイデオロギーも認識のレベルも高いのでそこまで殺伐とはしないでしょう。 直近でスピリチュアルリーダーと呼べたのはスティーブジョブズでしょうけど、色々あったにせよ宗教裁判にかけられて死刑にはならなかったですからね。 Article 1 : なぜそこまで行動が大事なのか? なぜスピリチュアルが行動学であると言い切れるのか? それは100論じるより図を見ていただいた方が速いでしょうから作成してみました。(すごい雑ですが・・・) まずご覧いただきたいのがこの図。実はスピリチュアルの概念の内、これらは基本中の基本項目になるので、国際プログラムの入門体験コースで詳説予定です。 当然数値は体感覚レベルなので人間が知覚できる事象レンジと比較して各セクターの要素値がどのくらい少ないのか、とか、そもそも知覚できたとしても認識に上がって行動に反映するに至る分量としては極めて小さいのだということがここでは最も重要な共通認識です。 つまりここの節で大事なことは、 人間が知覚してから行動に移す量は匙一杯分に満たない。 という真理を知っておきましょう。ということです。 これを頭に置いた上で、次のスライドを観てみましょう。 これは、よくあるヒーリングクライアントさんのケース。 小さい頃に虐められていたとか、親から虐待を受けていた人などにありがちな、他人に対する極度の恐怖症を持っている人の行動パターンと現象との関係性を明記したものです。 次にヒーリング後どうなるか観てみましょう。 一番ヒーリングによって変わるのは「Recall=想起」する部分です。 統合ヒーリングや透視ヒーリングなど呼称は別としてもヒーリングと言うことはこの想起にアプローチして認識に上がる前のプロセスを調節するのが仕事ですよね。 このRecallが変わることに因り<選択肢>がこれまでと違った集合になります。また派生効果として考える際の自己破壊性なども同時に癒されるため考え方も健全になりやすい傾向にあります(ヒーリングした後に比較的精神状態が落ち着きやすいことの一つの要因)。 勿論地頭や思考力などの学力に依存することもままありますが、基本的に悪い方に考える癖がなくなります。或いは、週勘定の考え方が悪いかどうかは別としても、よりよい未来に方向をシフトしやすくなるので、選択する幅が変わるだけでなく基準や実行内容まで変わるのが通例です。 重要なのはここまで。 その後はヒーリング前も後も変わりません。 よく、ヒーリングをするとすぐにお金が入るんですか、という質問がありますが違います。行動から現実が変わるプロセスは宇宙の原理原則が働いているので我々ヒーラーではどうしようもありません。 私達ヒーラーがお手伝いできるのは行動による選択の結果、もっと言えば選択の仕方や方向性をより良い方向に導くというコンサルティングやコーチングの業務にきわめて近い性質にあります。 さすがにエネルギーワークをしたからといってすぐにお金がわんさか入る、ということはありませんし保証しかねます。 ただし、このプロセスワークを考えれば「お金が入らなくなる理由」はわかったり、「お金が入らないようにしている自分の思考の罠」を解くことは通常の心理カウンセリングなどよりも効果的であると考えて先ず間違いありません。その結果として前よりも収入が増えた、ということは自ずと生まれます。 行動の結果、というところは変えられませんが、選択の結果の行動の前段部分を変えることは可能であるという事を同時に示しているわけです。 ここでこれらのことの一般論としてまとめます。 一般化すると概ね上図の通りで、これは実はヒーリング体系全てに通じる原理原則でもあります。というか、これに当てはまるかどうかでスピリチュアルヒーリングが成功しているかどうかが大体バレてしまいます。 変えられるのは現実そのものではなく、その人の思考パターンや行動選択のパターンだけだということです。 言い換えれば、ヒーリングをしていると行動選択のパターンが変わるはずです。ですので、行動選択のパターンが変わっていないという事は、ヒーリングが足りていない部分だという事が明らかになるわけですね。こうやってトレース&クリアリングしていくとスピリチュアルが行動科学であるという私たちの理念もご納得いただけたのではないでしょうか? Article 2 : 門下生の方やスクールに協力していただいていること。 以上のお話でスピリチュアルで成果を出すことが如何に行動を変え、そして現実を変えるパワーは本人に依存しているかということもお分かりいただけたと思います。 上記図説を読めば、説明しなかったこと、例えば、物理レンジで頑張るべきことと、スピリチュアル(精神)レンジで頑張るべきことの違いがはっきりしたり、今自分が置かれている状況と照らした時にどこの段階で躓いているかも把握できるようになるはずです。 ところで、パートナースクールやうちの門下生のヒーラーさんによく「理屈はともかく行動してください」とお願いしています。なぜ? それはヒーリングを受ける方々に提供する価値だからです。 …

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なぜうまくいく社長さんは参拝によく行くのか?

スピリチュアル経営学的視点で よく、日本でも成功している社長さんが神社によく通う、という話を聞きます。 実際そうなのかと云われれば色々な社長さんが居るし、何を以て上手く行っているとするかはわかりませんが、神社でお参りをする社長さんたちが比較的順調な傾向があることは間違いありません。 確かに海外でも優秀な弁護士やコンサルタント、資産家の面々はかなりの割合でjewishだったりするので礼拝は普通です。ただ、特別なものというよりは日常に近いものなので、日本人のように「敢えてそうしている」というものはないと思います。 スピリチュアル的にはどうなのか。 これは簡単で、初級プログラムでも祈りの授業が少しあるのでお話することがありますが、祈りというのは最善最適を祈ることを言います。お祈りをおささげするときに、「ああなったらいいなあ」とか「こうなったらいいなあ」というのは在りません。それは祈りではなくお願いごとです。 先に、祈っていると上手くいくとはどういうことなのかだけ話しておくと、祈る習慣があると先ず順調にいきます。なぜ? 祈りと言うのは自分の利害を捨てて全体の調和を祈るからです。反対のパターンを考えた方が理解が速そうです。 大体上手くいっていないと感じるときというのは何らかのバランスが崩れている時期です。体調が崩れているときと同じようなものです。バイアスがかかっており、平衡状態ではない時に人は「調子悪いなあ」とか「上手く言ってないなあ」と感じます。 ※勿論それは経過として必要な場合もあるから、バイアスの全てが悪いとは言い切れません。ただここでそれを考えてしまうと解がばらけるので敢えて切り捨てます。 では話を戻して、反対に上手く行っている状況と言うのはどういう状況かと言うと、それは恐らく以前にも増して調和している状況です。不安な状態がさして続かず、ある一定の安寧がそこにあるわけです。理由は色々でしょう。財務的に豊かだったり、パートナーとコミュニケーションがうまく取れているとか、まあ色々ですが、いずれも共通しているのは不安定な状況を克服して安定を手にしているということです。 そうアプローチすると、お祈りを習慣にしている人が経営や仕事で上手くいくのも納得です。 やっとなぜなら、という話ですが、お祈りをするということは自我<エゴ>を捨てるということ。だから、バランスを取り戻して全体最適化が図り易くなる。問題が生じている時というのは右か左かで悩んでいたり偏った考えに縛られていて問題解決自体に支障を来している時期です。 ということは、「右でも左でも良い」という風にニュートラルになった時、偏りがなくなって途端に矛盾が解消するわけです。矛盾が解消されれば当然今まで問題と思っていたことが溶けていくわけですね。 人は無自覚に不安を感じるように出来ています。本来それは自発性のものなので何にもしなければ(放っておけば)雑草のようにぐいぐい伸びていきます。私はよく不安がある、という状態を、心の雑草が生えていると表現していますがこの表現は恐らく強ち間違っていません。なぜなら雑草ですから本来無害でかわいいものですが、放っておく側(人間側)の怠惰にむしろ害があります。 自分のメンタルコントロールというのはライフハックスキルの1番目に登場しますが、これができないでスピリチュアルを学ぼうというのは本末転倒です。スピリチュアルというのは別にメンタルコントロールのためにあるわけではなく、能力開発や新しい着眼点(人間の頭では想像がつかないような高次の解)を手にするためにあるので、メンタルコントロールなら正直NLPだけで十分ですしなんせ気軽に手に入りますから自助努力で頑張りましょう。(というよりそれはむしろ本人の自律の問題が大いにあると思いますが掃除を習慣にすれば怠惰癖は大抵治ります) 私達スピリチュアルマスターが提示するのはむしろその先にある人知を越えた領域です。なんせこの先々人類がどうなるかすら読めるようになるわけですから、流石にその技術をメンタルコントロールに使うには規模が小さすぎます。 別にダメじゃないですが、要は屋形船に乗船するチンピラ相手に戦艦からGPS搭載の弾頭を飛ばすようなものなのでメンタルコントロールのために使うにはスピリチュアルはあまりに豪華すぎるのです。 なので、基本的にスピリチュアルというのは志の高い人のためにあるものですし、夢や理想がある人にとっては契約の箱並みの貴重な神具になりうるわけですね。 「右でも左でも良い」となると人はどうなるのか? ところで、お祈りを習慣にしている人が「右でも左でも良い」となるから途端に順調に物事が進むようになると言いました。せっかくの聖夜ですのでもう少しファンサービスしたいと思います。(意味深) 右でも左でも良いとなると途端に調和して、とあっさり書きましたが、実はこの過程にスピリチュアル的要素が詰まっているんです。意思決定マネジメントがスピリチュアルの価値だと毎度のことながら書かせて頂いていますが、ここにも通じる部分が多く潜んでいます。 多くの社長さんが知っている秘密?ですが、「意思決定で躓くから上手くいかない」んです。運がいいとか悪いとか、生まれや育ちが良いとか悪いとかって特に経営状態には全く関係ないんですね。それどころか私含めて上手くいく経営者さんは生まれや育ちがとんでもない粗悪な人の方が多いです。どういうことか? 要は、仏教徒の方なら一度は耳にしたことがある「喜捨する心」です。 松下幸之助じゃないですが、拘りがあるから上手くいかないんです。ある一定の成果が出るまでは拘りぬいた方がいいかもしれませんが、何か上手くいかないなあと思い始めた頃にこだわりを「えい!」って捨てると、途端に軌道に乗り始めるという体験はどんな社長さんにも共通してあります。(ただし、上手くいったことがある人だけ) 逆にいつもいつも「上手くいかないなあ」とか「あれがあかんねん」ってつぶやいているサラリーマンの皆さん(ドキっとした人ごめんなさい)、それは拘りを捨ててないからです。「そんなはずない、なんでもいいですって言ってるはず」と言ったとしたらそれはメタ認知トレーニングが足りてませんね。 実際に上手くいっていない人の周りの人たちに聴いてみると「あの人は結構あれやこれや注文付けてくるからなあ」とか「文句ばっかりで自分では何にもしないからなあ」とサードオピニオンを聴くことがありますがそれは本当だと思います。自分でも気づかないくらい拘り過ぎてて気づかないのかもしれません。 そして創業初期の頃の社長さんや自営業にありがちな拘りは、お金に関することが多いです。というより、本当はお金に関する拘りを捨てないと先に進めないし進歩しないからそういう出来事が続くんですけどね。 事業というのはプレゼントに似ているとよく言われます。営業の世界でもプレゼントトレーニングをさせられます。それはマーケティング技術の向上に大変有用だからです。「あの人はこういうのだったら喜ぶんじゃないか」という練習を徹底的に続けているうちに、売り上げがぐんぐん伸びるわけですよ。(未だ知らなかったという方はぜひ実践してくださいね) どんな事業も物々交換がベースにあります。しかし、時代の変遷と共にお金や情報といった無形価値が増えて行ったのでうっかりすると忘れがちですが、人に与えるという行為は何も物である必要がない。むしろ、物じゃないプレゼントにこそ、その人の品位や性質、人格が問われています。 経済活動は物々交換が原則だから、与えなければ取引は何にも始まりませんよね。この「与える」という行為に傷がある人は経済活動が頓挫しやすいんです。その傷があると誰も見向きもしてくれないから。あるいは過剰に与えてしまう。所謂愛着障害チックな状態です。 上手に与えられる人は、与えすぎず、与えなさすぎずを熟知しています。 このタイミングではこういうプレゼントの仕方の方が相手が喜ぶだろうとか、添える言葉や文句にも気を使います。 プレゼントトレーニングをした人なら誰でも経験していますが、「すごく良いものをあげたいけど、相手がびっくりしたり気負いさせてはいけないだろう」と、色々考えを巡らせます。つまりどうしたら相手がすっと喜んでくれるだろうかと考えるわけです。 まさか大事なクライアントに研修生を宛がって通常料金で請求する人はいません。それは安く見積もられたか、敢えてそういう取引(バーター)を選んでる等特殊な条件です。 もし相手が大事な人だと思っていたら、一番良い社員を宛がうと思いませんか? 一番いい社員を宛がったところ、クライアントから「素晴らしいサービスをありがとう」と次の取引につながるわけでしょう。それで結果として業績として評価されるにすぎません。 多くの上手くいかない人がやってしまいがちなのが、このビジネスの一番肝心なプレゼントプロセスをすっとばして数字だけを追っかけてしまうこと。これでは取引はおろか信用まで失ってしまいます。 本当は何を大切にすべきか、ということを考えた時に「与える」という行為について深く熟知しておくことが最大の強みになるはずです。しかも、創業期や安定期などの時期に関係なく永遠に使える経営スキルなので、磨いておいて損は1つもありませんよね。 これがプレゼントスキル。 ところで、上手くいかない時というのは偏りがあり、ある種の不調和を生み出しているということです。 それは、相手から何かもらいたい、もらいたいとばかり考えているときです。ちょっと幼稚ですが実際インナーチャイルドが拗れている場合が多いです。恋愛でも同じです。 一般的に、何を与えられるか、ということを主軸に日常の設計をしている人は、取引先にも売上にも恵まれています。しかし、何かを相手から引き出してやろうという考えが先行していると、これでは単なる借入になってしまいます。 相手にこうして欲しい、こうして欲しいで欲しいばっかりなのですね。 だからお客さんが逃げていくんです。そういうのって、習慣なので直すのは一苦労要りますが、できたとしたらあっという間に解決するのでしょうね。 偏りってそういうものの類です。 だから、お祈りを習慣にしている社長さんは自我が飛び出ないようにメンテナンスをしているから業績が好調なんです。 おわり。 追記  この記事はスイスで開講予定の上級クラスーMoon Stone Class内授業「Spiritual Management for future inspire(仮)」の授業企画に盛り込まれている内容を踏襲して一部公開しています。

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なぜ私たちは社会人中心に活動しているのか?

社会人がスピリチュアル活動をする意義とは Guten tag, Raphaelです。(もうこの挨拶辞めたい・・・) 今日はまだスピリチュアルを知らない、という方に向けて、代表的なスピリチュアル組織がなぜ社会で活躍する人が多いのかという背景部分の真理について触れたいと思います。※尚、この節は意義であっても定義ではありません。 まず、私たちは社会人向けのスピリチュアルスクールブランドです。その点が理解されにくくて時々困ることがあるので、保存版で記事にしておこうと思い立ちました。 実は現在の日本では「スピリチュアル」と呼称して活動をしている団体や組織はたくさんありますが、その大半はまだまだ非就業者の集団が多いです。決して社会保障のためにあるわけじゃないのに、これは非常に困った事態です。なぜ? 実はそのせいで全くスピリチュアルが普及していません。 というか、自己満足で止まっちゃってまだ国外のスピリチュアルのように事業化されてはいないんですね。当然ですが普及するには事業活動が必要です。 私たちもそれが原因で日本を中心にするのを諦めて遠隔にしました。(各地の提携スクールは好き好きにやられると思います) 受講する方も別に海外でも大丈夫だという方々ですし、海外に行けなくても今はZoomがあるのでリモートでできます。日本では初級しかやらないので基本はZoomです。(時差9時間でも割と間に合う時間帯がある) どれもこれも、「進歩発展」をテーマとしている王道系のスピリチュアルをやるには、日本と言う環境はあまりにもそのテーマに逆行しすぎていると感じたからです。 一方で私たちVerities orgのように逆に普及を中心に据えて社会人や産業家を中心に活動しているスピリチュアル組織はないかと言えば実はあります。 例えばキリスト教教会。 私は英国国教会所属<Anglican Communion>ですが、組織の中心メンバーのほとんどはカンタベリー主教を中心にして英国王家か公卿です。(なので、私の場合スピリチュアル活動のイメージの原点はローマカトリックというよりカンタベリー主教座にあります) ほかにスピリチュアル系で社会人中心に活動しているところで言うと、メジャー路線ならイスラム、ユダヤ、仏教、神道などがありますがいずれも中心メンバーは王族です。仏教に至っては現在に直接つながる仏教は開祖したのが一国の王子様ですからね。みなさんよくご存知のスピリチュアル組織かと思います。 私達の場合は残念ながら王家ではないのですが、クライアントも含めると7~8割型が産業家(経営者や投資家を含む)や医療技術者、ITスペシャリストといったナレッジワーカー、経営コンサルタント、財務担当者、不動産系の資産家がほとんどです。クライアントも受講生層もわりとそのレンジで収まっている気がします。極稀にスピリチュアルだけ、という方もいますが、最初から透視ヒーリングのマスターになるようなタイプの方で、10万に1人の確率だと思います(それでも多いかもしれないけど)。 なので、我々の場合は基本的には社会参加している人たちがメジャーだという事ですね。その点はちょっと普通の日本のスピリチュアル団体とは系統が違うかもしれません。 ちなみに、主婦だったところからスタートしてうちに出逢ってから社会復帰を決めた方も多いですので、結果的には数値上そういうことになるんですね(スピリチュアルは所詮究極突き詰めていくと「自己成長」に関わる学びなので独立心を育んだりキャリアを形成するようになる)。 ところで、なぜスピリチュアルは本気になればなるほど世俗的な活動をしている人が多くなるのか?答えは簡単です。 スピリチュアルは元々が人類の進化発展に通じる鍵だし、文明発達に直接影響を与えるものだからです。なので、昔からスピリチュアルが王族に浸透しているのはそのためです。元々はチェンジメイカーのためにあるツールだからですね。 意思決定マネジメントがスピリチュアルの原則である。 大きな政策決定や土地の区分や開発にはたくさんの人を巻き込んでかなりの資源を要しました。それには大きなリスクを伴うため、科学だけでなく宗教や哲学者、将軍などのアイディアをたくさん取りこんで多面的に情報を集約した上で意思決定してきた経緯があります。そしてこの意思決定マネジメントにとり重要な砦となっているのが、スピリチュアルの考え方なんですね。実際、私たちが日ごろから勉強しているスピリチュアルラーニングの礎はここにあります。 だから今となってもスピリチュアルが投資家や政治家、ベンチャー起業家などに広く受け入れられているんです。 特に私たちのメディテーションはリグ・ヴェーダ聖典を起源にしていますが、リグ・ヴェーダは仏教やヒンドゥー教の祖となった源流でその歴史は一説には7,000年にも昇ると云われています。人類の文明が2万年前からと考えれば文明史上後半には入りますが、それでも7,000年というのは絶対値で桁違いです。もちろん多くの王族から世俗社会にとにかく多大な影響を及ぼしてきました。 もう一つ例えば昔イギリスでは、(今もそういう気配があるかもしれないですね)ケンブリッジの神学を学んだかどうかが、王家や公卿としてのキャリアに通じるか否かが決まっていたそうです。 このブログの読者のみなさんの方が詳しいと思うので、ここでは他の例は割愛しますが、大事なのはスピリチュアルがなんのために存在するのかというところ、主旨は「本分」のところです。もちろんその「本分」とは王家でないと意味がないという話ではなくむしろ「なぜ王家にそこまで承継されてきたか、そしてそれがどのように私たちの日常に良い影響を与えてくれるか」=いかに有用であるのか?の考察に関与してです。 1つの例でみると、例えばチャネリング技能はその構造上、チャネリングを学んだ人がそこから占い師の道を選ぶ人は先ずほぼいません。当然ながら占いはチャネリングの一種ですし(大は小を兼ねる意味合いで)、チャネリングを学んだら道具が要らなくなるのでハンズフリーなのです。通常余程好きじゃない限りはほとんど道具を使わなくなります。たまに気分転換にやりますが、気分転換です。 それに問題もあります。占いは既に物理化したデータを参照してチャネリングしてしまうので、どうしても過去の記憶やアカウントにアクセスしてしまう傾向があり、ちょっと時系列でズレてしまうのですね。その関係で精度がチャネリングよりも低い*ため占いを選ばない、という結果になってしまう側面もあります。占いがどうしても説教臭くなってしまうのはちょっと前の過去のデータを参照しているからなんですね。手相なども同じ原理。PCに例えると占いはフロッピーディスクでチャネリングはクラウド。フロッピーディスクは破損したりいちいち手動で記録しなければなりませんので最近はめっきり使わなくなりました。クラウドではその点気にする必要はないので自動アップの設定をするか否かに関わらず便利ですから今は主流です。物理メモリは肉体だと思ってもらえればOK。 (※純粋なチャネリングは物理化する前の基底状態にアクセスできるため、熱平衡であっても将来起こりうるエントロピーセクションの流体ディレクションやテンソルまでを高精度で測ることができる。そのために精度が高く上手い人は的中率100%と言えるまで細かくチャネリングすることができる=後述のラマヌジャンの例がわかり易い) そういえば特に最近は占い師だったけどチャネリングを学んでチャネリングを生業にする人も増えてきました。チャネリングは確かに訓練すれば誰でもできるようになるからです。これまで書いてきた通り、生物の構造上本よりそういうものなのでしょう。 技能的な側面ではできるできないの可能性論を論じていても永遠に平行線です。それはいずれ出回って誰でもできるようになります。しかし問題はなんのために>for what?のところです。 私たちスピリチュアルリーダーというのはここについては本より「国や社会、産業の枠を越えて人類の文明の発展に貢献する」という共通の使命を持っています。そのため、通常は、(通常ということは例外もあるけど)スピリチュアル技術を意思決定に活かすというロジックに繋がるわけです。 だからあくまでヒーリングやチャネリング技術はツールにすぎず、最初から活動の目的があるんですね。そのため、イデオロギーのチェンジメイキング、或いは意思決定マネジメントという古くからあるスピリチュアルの仕来りや常に世間の裏側で国の政策や社会を動かしてきたスピリチュアルマスターとしての品格や教養を一番大事にしています。私たちが日本をメインにしていた時に東京の千代田区や丸ビル、溜池山王の国会議事堂の裏側で活動をやっていたのも、そういう背景が少し絡んでいるんです。 スピリチュアルは常に文明や社会の発展の起爆剤となる。 そうです、みなさん秘密結社っぽく思うかもしれませんが、私たちはあくまで社会を動かすのが目的です。マスターたちは日ごろ社会のヒーリングをしていますから当然ですね。日本なら陰陽師がわかり易い例えかもしれません。日本のスピリチュアルなら神道ですが王家(皇族)の信仰は長らく仏教です。(神仏習合なので関係ないかもしれませんが私たちにすれば重要です。) ちなみに、「和平を助け、互いに愛し合うことを学び、分かち合う豊かな心を創造する」のが私たちのミッション(使命)です。なので、国連に参加し政策提言するのが一つの定性指標です。 これが私たちが一番大切にしている「心」の部分。 実際、ここがわからなくて躓いている他校の受講生さんが多いと思いますし、現にそういった理念を指示しているところもほとんどありません。 文化や文明の発展にチャネリングやヒーリングを役立てるなど日本なら20年くらい前までそれっぽい組織があったらしいのですが、今は日本にはありません。小耳に挟んだ限りだと現状は完全に母体に見捨てられているらしいです。これは憶測ですが、日本人ってアメリカやヨーロッパや中国などの他の文明社会に比べてしまうと、目先の利益を優先して先々のことは蔑ろにしてしまいがちな傾向があるからでしょう。それではスピは宝の持ち腐れだからですね。 文明や社会の発展に寄与するという本分に立ち返った時に、確かに社会人じゃなくてもいいじゃないかという面もあります。ここは匙加減の問題になりますが、私たちの場合は各スクールで教えていいのは現在初級(Rose Quartz Class)から初中級(Amethyst Class)までとなっており、ここまでは誰が学んでも良いということになっています。いわばコミカレ的な位置づけです。 初級プログラムの受講対象は現状絞ってはいませんが、意外とOLの方や医療従事者の方、大学生も多いです。主婦の方の場合は社会復帰や起業を前提としている方が多いです。 初級を受講するだけ、というまでは勿論どなたでも学んでいただけるのですが、先の件もあり、結局は仕事にするとか、仕事に関わる以上は特にTurquoise以降、指導する立場やヒーラーとして活動するならば、試験に通過したり資産の裏付けがあるとか、学位<Degree>や人格面など色々と通過しなければ中級以上は教えていません。 要するに社会的地位だけでなく勤勉であるとか、社会性に富んでいるかどうかなど、通常の会社のキャリアと同じ尺度で審査するようにしています。 そのため、中級のTurquoise Class以降は結果からすれば経営者や産業家、実業家、エンジェル投資家、政治家、科学者、文芸家、研究者(理学や医学の研究職等)、医師、会計士、精神科医、公卿、王族の方々といった社会を動かす人物のみを想定したコンテンツになっており、基本的に非公開授業で、これはスイスでしか教えていません。ここは明確に大学院方式です。 結局はスピリチュアルも社会貢献活動に他ならない。 ところで、なぜ社会人を中心に「活動」しているかと言えば上記の通りスピリチュアルは明らかに社会貢献活動だからです。というか、本来はそうあるべき趣旨のものです。 社会に貢献するのであって自分の利益の確保のためや自分の優越感、満足感、承認欲求を得るためにやるわけではなく、宗教や国や文化の違いを受け入れ広く社会に貢献しようという試みですから、社会参加が謂わずと前提にあります。 …

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再び、知識の時代

プトレマイオス朝以来の知識革命 19世紀ヨーロッパの産業革命が技術革命だとしたら、21世紀の人工知能は知識革命とでも呼ぶべきでしょうか。  これまでの歴史で人間は「間違い」、「怒り」、「記憶障害」といった人的エラーをコンピュータやオートメーション化によって解決できることを示してきました。  例えば、自動車の自動運転化により自動車事故は0に限りなく近づきます。人間は事故を起こしますし、法律やマナーを守ることも先ずほとんどありませんが、コンピュータにとってそれはまずありえません。データベースに書き加えられている以上はそれに従います。  この事実は、反対の側面の示唆も想起させます。即ち、人間は決まりきったことを繰り返すよりも、突発的に思い浮かんだことを実施する方が向いている、と。  投資がAI化されている今、事務作業をAIに任せないのはかなり不自然です。  コロナウィルス(といっても彼らは所謂「風邪」なのですが)のお陰で人類は文明に頼らざるを得なくなりました。各国はベーシックインカムの導入検討に入り、「働く」ことの意味も変わり果て、労働と資本のジレンマを解決せざるを得ないところまで来てしまいました。たった4~5ヵ月ですから、歴史の上ではあっという間の出来事です。    ヒーリングを勉強している人はわかると思いますが、ヒーリングを続けるとアセンションします。特に融合意識のヒーリングを続ければある時突然変化を余儀なくされます。これまでであれば、津波や隕石の衝突などでしたが、今回で言えばSARSやMARSの時と同じ、ウィルスです。    スピリチュアルの世界での解釈ではウィルスとは人類の進化を助ける、或いは加速させる役割を担っています(生物学的には人類に限らないかもしれませんが)。社会学的にどうであれ、ウィルスとは基本的に生物の味方です。というより、味方でない者の方が珍しいと考えてよいでしょう。    文明に頼らなければならなくなった側面は様々です。これまでインターネットやITについて疎遠だった日本も従来の海外のそれと同様に、インターネットなくして生活ができなくなりました。  職業も単純作業はほとんどがAIアプリケーションに置換され、また就業環境も基本的にはリモート環境となり、「出勤」が死語になりました。  これからどうなるのでしょうか?    一応、私もスピリチュアルリーダーの端くれとして世界のこの先をリーディングしていますので、少しだけ共有したいと思います。   2021年以降の時代の変化  未来の情報については、透視するまでもなく、簡単なチャネリングの応用で情報を降ろしてくることができます。その結果が以下の通りです。  勿論かなり掻い摘んでの表記なので詳細は省いてあります。1970年以降はしばらくはインターネット、コンピュータや携帯電話の普及などで先進科学技術が一般層でも利用できるようにボトムアップされ、考えようや活かしようによっては費用対効果がそれまでの10倍、100倍も有りえました。  しかし、先進科学の利活用という側面で見ればこれは些細な出来事にすぎず、実際には2026年以降のシンギュラリティ世代からようやく先進科学というものが世の中に実態として影響を与え始めるはずです。  そのわかりやすいテーマの一つに、移動手段や輸送手段の自動化があります。今の一般的な予測では2027年に運送トラックの自動制御化というのがありますが、私のチャネリングでは2026年に始まります。この記事を書いた日から6年以内です。    運送業意外だと、漁業、鉄鋼がまず初めに自動化されます。要するに危険を伴う作業から優先的に自動化されます。これにはいろんな背景があると思いますが、危険を伴う作業はコストフルですし人的被害や経済的被害がもっとも大きい領域だからともいえます。そのため、人々も自動化を「人情的に」受け入れやすいのでしょう。    資料では西暦2200年まで量子の時代とあります。現段階でもIBMなどを通して量子物理学の応用はめざましいものがあるし量子コンピュータの実装なども夢ではないと思いますが、実生活に直接的に影響するにはまだほど遠く、おそらく一度AIの時代を謳歌する必要があるのでしょう。    ちなみに、生きるために必要なスキルや知識も変わります。2020年からは日本もサラリーマンという概念がなくなるし、公務員というのも死語になります。(デジタル庁の件)したがって、皆が独立自尊で生きていくことになります。今までにみたいに誰かに依存する生き方はできないということです。   ただ、スピリチュアルを学んでいる人たちにとり最も重要な情報は、むしろ他にあります。    スピリチュアルセラピーというのはインドでは7,000年も前から実在しましたが、おそらくこれからも発展し続けるでしょう。その最大の特徴はスピリチュアルセラピーが一般化されるということです。    もちろん一般化するのは主にXCIを運用しているTHE VERITIES ORGです。なぜならTHE VERITIESはスピリチュアル界のGoogleともいうべきポジションだからです。    一般化される際に確かめておきたいのは、スピリチュアルは学問であるという事です。しかし、単なる机上の空論というよりはAIやPythonと同じレイヤー、つまり理論物理学と実験物理学の間くらい。    今ではITというとAIを意味していますが、一昔前まではSEOでさえもITに含まれていましたし、Google以外のSEも多分に使われていました。  それと同様で、スピリチュアルといえば今はチャネリングやソウルメイト学、ヒーリング科学(理論)が主ですが、かつては「占い」が含まれていました。占いは楽しいですがスピリチュアルと言うのには少し粗すぎます。     スマートフォンの画質が指数関数的に伸びてファーウェイのように安価に手に入るようになるのと同じで、スピリチュアルの画質や解像度、アクセサビリティも飛躍的に向上するはずです。  今は日本の国立大でもスピリチュアルの研究室や授業があるくらいですから、私たちが「大学院レベル」を目指すのは当然だとおもいませんか?    加えて、スピリチュアルは云わば領域横断研究です。基礎科学や神経心理学の知識を応用していますから、リベラルアーツで学ぶ内容の内の五分野程度の知識は必要です。  マスターはいずれケンブリッジで授業を取りソサエティで談話に花を咲かせる日もあるかもしれません。少しジョークも交じってますが。     XCI本部と直営校について  チャネリングの中で、私がXCI日本本部についても設立する必要があると降りてきました。またそこを使って直営校を開設することにもつながるようです。  チャネリングした直営校の内容は次の通り。 …

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生きとし生けるものの責任

時代の節目  昨年、私たちTHE VERITIESマスターヒーラーがヒーリングしていた、日本経済(金融の闇)と、戦争社会のカルマが解除されたせいか、政治ががらりとかわりましたね。  デジタル庁ができれば、明治時代の体制(戸籍制=日本版アンシャンレジーム)も不要になるはずです。また破綻していた年金と生活保護制度がなくなれば、ベーシックインカムの導入も可能になります。  今までお金のために命をささげてきた日本が、かわりつつあります。つまり、命=人生を優先し、金銭を後回しにするパラダイムです。   これまで日本を蝕む病は大きく3つありました。公務員制度、教育費、そして金融ですが、その背景にあったのは年功序列という社会主義制度でした。今日まで続いたそのパックスが年内にはなくなり、来年からは戦争から立ち直れる可能性が高まっています。 スピリチュアルに関わる人の責務  来月10月よりホーリーチャネリングと財産ヒーリング、そして透視ヒーリングの授業が再開されます。  ホーリーチャネリングは祈りの授業ですが、祈りなき技術に救いはありません。祈りは全てを変える力を持っていますが。願い事をしているうちは無理です。純粋になる必要があります。   かつて、透視ヒーリングクラスは不可解な事故に遭ったり自らの闇に飲み込まれてしまう人が多かった最上級クラス向けの授業です。自分の闇と対峙できなければ、すぐに光を見失います。そのために必要なのは「自分の中の闇を受け入れること」に尽きます。  大抵の人は自分の中の闇についてネガティブに捉えます。大抵はそれで自分を見失います。光と信仰とは、自らが闇を持つことを知る事でもあります。それすらも乗り越えた時に初めて出会うのが光と信仰です。  光と信仰があれば、技術は二の次ですが、自分と向き合えなければ技術や知識などは全くの宝の持ち腐れです。技術は使う人の心次第です。  怠惰すること、貪ること、慾することに溺れ兼ねない危険性を知るべきです。スピリチュアルに関わる人の責任とはそのことを云います。  人間がいかに弱く不完全で強欲かを知るべき。光はその先にあります。透視ヒーリング技術のマスタークラスでは確実に自らの闇や闇の存在たちと対話することになります。  自らの闇に気づいて、赦しと愛を信じることができなければ、自害するに等しいでしょう。  成長とは、強くなる事ではなく自らの不完全性を受け入れることです。  それがスピリチュアルリーダーとしての責任です。 スクールが2校決まりました。 Iris Meditation Schoolさんと、Angelic Formさんです。 いずれも年内開業で、関東と東北ですが、いずれも5年以内に米国圏での開業を目標にされています。 本部は講師とスクールオーナーさんのバックアップがメインになります。授業は中上級(Moonstone以上)を中心に指導業務を行います。 中級までは各地のスクールに委任することになりました。 しばらくはインストラクター育成のTurquoiseも指導対象ですが、Turquoise修了生が10名に達したところで本部の指導は打ち切り、各スクールに委ねます。 ただ、年内4校決定がチャネリング結果です。ですので、あと2校までは受け入れる予定です。 加盟料の減額もこの2校については許容するつもりです(来年以降は減額制度はなくなります)。 スピリチュアルリーダーとしてやっていこうと思う方は自分の技術やキャリアよりもミッションと自覚を優先してください。 意識が先決で、現実は後です。 Raphael

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スクール開業のすゝめ

veritiesプログラムを活かしたスクール事業開業予定の方へのお知らせ ※当記事は、the Veritiesのプログラム受講中の方に宛てた記事です。 これから講師活動を始める方で、Lapis Lazuliまでの受講契約の方は おそらくヒーリングセッションや闇払いの技術も必要性を感じていると思います。 そこで、次の項目に当てはまる場合は、財産ヒーリングとホーリーチャネリング(合せて受講料100万円分程度)を 無償で追加させていただきたいと思います。 ・ 2020年9月20日までにスクール開業の申請登録&手続き完了をされた方(ですので、登録申請は9月10日までが期限) ・ Lapis Lazuliを受講中で、神聖幾何学の受講修了目途が立っている方 です。 また、 ・ スクール加盟金80万円 → 40万円に負担軽減させていただきます(分割の場合は60万の10ヵ月分割、保証金は据え置き)。 こちらも9月20日までの手続き完了が条件です。 年内に開業着手されたい方は、お急ぎください。 (国際プログラムで予定している方も同様です) 創業者としても、今後は新規のスクールにお任せしていくので、開業スタートして、その後の実務の方に集中していただければと思います。 宜しくお願いいたします。 ※Wisdomの方は最初から財産ヒーリングとホーリーチャネリングが含まれているので、適用外になりますが、開業の場合は同じように加盟金40万円にさげさせていただくので、ご相談ください。

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心の中の御光とは?

奇跡は必ず起きる Guten nacht. ラファエルです。  今日は比較的スピリチュアルでは有名な信義則の一つ、信頼と奇跡についてです。“XAVIER’S SCHOOL FOR THE GIFTED”の話じゃないですよ。    「信頼は現実に奇跡を齎す」。スピリチュアルの大原則の一つで、受講する場合には必ず学ばなければならないテーマの一つであり、私がイェール大学のようにスピリチュアル科目を教養学科の一つにすべきだと主張する最大の根拠でもあります。死についてだけじゃない、生についても積極的に扱うべきだ。    信頼とは何か、ja,ja,すごく難しいテーマです。でもそういう立証不能なことに敢えてメスを入れることがスピリチュアルの専門分野なんです。それを実証科学では扱えないでしょう。でも見方によっては実証科学は理論科学の支柱ともいえる。   今回は、信頼と奇跡という一見して関係なさそうな、でも近い未来、おそらく全人類が必要になる話です。 信頼=この世界を信頼するということ   信頼という言葉の定義については一般的には「見返りを求めずに頼る事」とあります。スピリチュアルにおいて奇跡に関わるテーマとなるのはこの世界(宇宙)に対する信頼です。  普段生きていると、突如問題にぶち当たり、絶望したり怒りに身を任せてしまうことがあり「どうしてこんな世界に生まれてしまったんだろう」と思うことさえあります。世界や周りの人たち、世間を恨みさえする可能性もあります。  心理学的には幼少期の頃の体験から、世界への信頼を失うことがある等と言われていますが、原因がわかったところでじゃあ今から幼少期に戻りましょう、とはあんまりならないでしょう。  ところがスピリチュアルでは戻れます。疑似的ではありますが、初級では瞑想をして、自分が本当はどういう気持ちだったのかを想起したり、頭で考えることをやめて傷ついた心を癒すことに専念し、問題の原因となっている心理的な特徴について多面的に捉える訓練をします。  上級になれば後退催眠を応用したり、透視したりもしますが、理論は同じです。  しかして目標は、この現実世界に対する信頼を取り返すことです。ほとんどの場合は、解決が可能だと考えています。信頼することで、現実世界と自分との間の接点を修復し、現象化のプロセスを癒すことで問題の解消を試みるというアプローチです。  世界に対して信頼できるようになるということは、現実を善く生きることに直線的に通じています。信頼をしているからこそ、健康や心の状態に関心を傾けたり、健康や日々の平穏のために行動することができます。 しかし、その信頼とはどこから来るのでしょうか? 目に見えるものではないので、だれにも提示ができません。その割には自己の行動を変える大きな要因の一つになっています。最終的には自己実現にもつながる大事かつ高度な精神活動でもあります。 スピリチュアルの解釈では「神はみんなの心に宿る」 喧嘩したり、揉めたりする。ほとんどの人はその事象の重さに悲観視し、怒ったりする。  スピリチュアルをやっている人たちもそうなるときはよくあります。けど、一つだけ違う点がある。それは修正することができるということ。これはスピリチュアルを学んでいない人との大きな違いでもあり、人生を歩む上で、目立たないけども、とても大きなアドバンテージでもあります。特に30-40代はめまぐるしいですから、よけい「早くこれを知っておけばよかった」と思う羽目になるかもしれません。  自らを修正することはすごく難しいことです。でも、スピリチュアルで「世界は自己修復次第で大きく変わる」と知ったらどうなりますか? 世界は恐ろしく安定的で平和な世界になる。自分が発信する周波数を変えれば、現実のホログラムも当然違ったレスポンドを返してくる。合わせ鏡の原則が働くから。  スピリチュアルリーダーのミッションは様々な種類に分かれます。しかしその多くは平和につながっている。しかしなんの?  それは「心の平和」です。  スピリチュアルを無駄にしないために知っておくとよいことは、自分を変えることはできるということです。多くの偉人たちが共通して言うのは「自分を生きることと、世界は同じこと」と言います。その意味は、勉強できます。勉強したからと言って実施できるかどうかは保証できませんが、少なくとも勉強できるところはほぼ皆無。まして日常から少し距離を置いて客観的に知る機会など21世紀初頭の少なくとも日本ではほぼ毛頭ありません。  チャネリングはクエリーに対するレスポンドだとこのコラムで教えました。別にコラムじゃなくても授業でも同じことを言います。何ももったいぶる必要はない。全人類が今すぐにでも知った方がいい事柄だから。  イエスがいったように、「汝の敵を愛せ」。なぜ? その敵は自分だからです。厳密に言えば、自分の中にある闇の部分だからです。これはゲームの話じゃありません。むしろ心理学に近い。   仏教ですべての人に仏は宿るという言葉がある通り、宗教外のスピ的にも同じことが言える。「すべての人に神は宿り得る」。なぜなら自分の心の中の神に気づくからです。間接的に、外部に投影することになるでしょう。宗教めいた言い方をすれば、「神の御光と導き」を現実にその目で見ることになる。  世界を構築しているのは紛れもなく自分の心です。それ故、世界に対する信頼感が人生の成功における最大のKSFになっています。なぜなら「変えることができる」と無条件に信じることができなければ、何もアクションを起こそうなどと思いません。自分の行動が現実を変えることに変わりはありません。しかし、通常メタ認知をすることは容易ではないのです。だから瞑想して意識や思考を敢えて閉ざす。目に見えるものに頼らずに生きることで、反って目に見える世界すらも修復できるようにする。    おそらくそれができる(発見できる、洞察ともいう)までは苦痛しかないですよ。Pain,Pain,Painの繰り返し。みなさんがこれまで感じてきたのはそれです。取引で失敗したり、裁判をしたりといったことで落胆することが多いのは「自らを変えることで世界は応えてくれる」ことに気づかないからです。  でもスピリチュアルを勉強している人たちは、・・・特に努力値の高い方は・・・ある時気づきます。この痛みは自分の中にあったものなんだったんだと、瞑想したり、チャネリングをすることで気づくんです。チャネリングできない人よりも圧倒的なスピードで。だからスピリチュアルを学ぶとそうでない人よりも指数関数的な成長曲線を描いて人格成長が早まるという表現をしているんです。  それはまるでチャイコフスキーか、モーツァルトのようだと言いたいところですが分かる人がまるでいなさそうなので、わかり易くいうなればButterfly-effectだと言っておきましょう。それに宇宙は思考する。    自分と、宇宙との間に瞑想によってセッションを開始すること。それが自分の中に神を宿らせるヒントになっているんです。 ほとんどの人が、自分の居場所がわからずに泣いている。  では自分の心の中に宿る神が示してくださるのは何かということですがそれは「許し」です。許しは業の終わりを意味します。  業が終われば現実が変わる。みんながいう「奇跡」とはそのことを云っているんです。これまでローマ教皇(パパ)が人類に口伝してきたことはそういうこと。  許しは奇跡の証なんです。キリスト教がなぜユダヤ教から派生してここまで広がったか? それは信憑性が高いしみんなが内心望んでいることだから。     じゃあ許しってなんなのか。「あなたは全て。あなたはそこにいてにこにこしてていいんだよ」という意味です。その許しの行為を「愛」という。全部聖書の書いてある通り。宗教の枠を超えて知らなければならないことはそういうこと。悲しみをぬぐい人にその許しの秘跡を教えたくてイエスは血を流された・・・信徒以外にとってはまるで神話のようですがこれは本当です。   すべてを許すということは、自分を許すということ。  そこからその人の本当の人生が始まる。 …

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更にわかり易い「ヒーリングの影響」

「問題につきあわなくなる」がわかるとヒーリングの意味がわかる。  ストレスの原因は不安やイライラと様々ですが、その大本は恐怖です。恐怖とは怒りの前兆ですが、怒りは孤独から来ます。孤独の原因は様々ですがその意味は簡単です。死の恐怖を意味しています。  しかし、一概に死の恐怖といっても切り口や経路は様々で極端に言えば1個1個探り出して絶っていくしかありません。恐怖そのものを消すというのは時間をかけていけば可能かもしれませんが、究極生物としての肉体を離れるしかなくなるからです。  そう考えると、生きている限りは死への恐怖と上手に付き合っていく必要があります。その付き合い方は色々ですが、その一つにヒーリングという答えがあるといえます。  「問題がある」という時、暗にそれはその「問題」を認識する当事者が不安を抱えているということに他なりません。その不安がなくならない限り問題は消えません。現象レベルで1つの問題が解決してもまた同じパターンの問題を繰り返し繰り返し現像していくだけだからです。  スピリチュアルの解釈では“現象”に問題があるのではなく“問題と認識している本人に問題がある”んです。例えば通勤時間帯が同じでも労働時間が短いイタリア人に対して「怠けている」とピリピリしている人がいたとしたらばそれはイタリア人に問題があるというよりもそのピリピリしている本人の中に不安や恐怖が隠れているんです。  だから放っておくしかない・・・というのがヒーリングやスピリチュアルをやっていない人の考え方です。  スピリチュアルでは違います。通常ヒーラーやエネルギーワーカ―といった人たちはそのピリピリしている原因となっている不安や恐怖を分析にかけて対処しようと試みます。  そうするとどうなるかというと、ピリピリしている人がヒーリング成功すればピリピリしなくなります。  もちろん不安の認知といった動作自体は高度な知的活動そのものです。だからヒーラーは知識産業・ナレッジワーカーだと云われているんですね。  追記程度ですが、専らヒーラーは普段はセルフヒーリングといって、自己の中に伏せている恐怖や不安を癒します。クライアントが現れればその人を通して癒しますが、毎日クライアントが現れて忙しいという場合はプロのヒーラーの仲間に依頼します。そのくらい、自己のヒーリングに注意を払います。  ところで、「問題に付き合わなくなる」こととヒーリングどう関係があるかといえば、自分が問題と思わなくなることが増えていくということです。それはイタリアの例と同じことが繰り広げられるので、結局ヒーリングを受けるメリットは「問題だと思っていたことが問題じゃなくなる」し、もっというと自分が「問題」と認識しなくなることで「問題」と思っていたことが起きなくなるということです。  認識が現象を映し出している。現実は心の映像だと言ったら、わかると思います。問題だと思うから問題が起こるんです。ヒーリングの目標は、問題と思わなくなるところなんですね。  

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なぜスピリチュアルを学ぶと急に出世するのか?【後編】

3.世界に出る事とスピリチュアルの関係性とは  まず、スピリチュアルを学んだことがない方が知っておくべきことは、スピリチュアルを学ぶという事は自己表現について学ぶという意味です。  もう一つは、皆さんが地上を今生きているのは信じるものを信じて生きている喜びを実感するためです。これもスピリチュアルの基礎理論で初学者が最初に学ぶことです。  ふたつ掛け合わせるとどうなるか? そう、世界に出る事になりますよね。  なぜ? 世界と自分との関わりの中の間での出来事は全てスピリチュアルによって調整されるからです。  物理でも精神を調整することは当然できますがそれも精神世界がどうなっているかのメカニズムが分からなければ理論上どうしようもありませんよね。  反対に精神世界のメカニズムもわからなければ物理化している次元の調整など程遠いわけですが。もし精神次元のメカニズムを理解していたら物理次元の調整もできると思いませんか。  言い換えればメカニズムさえわかっていれば物理で精神も調整できるということです。(できる、というだけでするかどうかは本人の自制次第)  それと世界に出る事と何が関係あるかって、ここからが大事なことなんですが、実は精神世界の広がりが物理次元の広がりなんです。  厳密にいうと、これは上級クラスで教えていることなんですが、精神世界が反映されている規模(割合)も関係しています。  実は精神世界の広がりが100だとして、物理次元への反映率が10%だとしたら物理次元の世界の広がり(実現率と言ったりもしますが狭義すぎて語弊を生むのであまり言わない)も10だということです。   4.世界の広がりはどこから?  コンフォートゾーンから抜け出して人生を変えるという試みを映した映像がYoutube界隈ですごく話題になった時がありましたが、これはスピリチュアル的には大正解です。例外的にコンフォートゾーンから抜け出せない自閉症気質の方もいらっしゃいますが、基本的にほとんどの方はむしろめちゃくちゃ幸せホルモンでるはずで、しかも大抵はたった1つか2つの新しい行動を加えるだけで実現できます。  よく、日本は多様性がないから衰退したと文化学者などは指摘しますが、あれは正に日本人特有の内向的な気質が文明の衰退を招いたと社会学・経済学的にもいえますが、精神世界でもやはり左様の見解です。  そしてそれの原因は、 ①精神世界の開放をそもそも今はほとんど誰もしていない。  →現代日本には仏教も神道も(観光資源として物理的には残っているが)ほぼ現存していないから当然と言えば当然ですね。実際、エネルギーワークをやっているワーカーさんは現在ではほとんどいないと思います。ローマやバチカンなどではまだ相変わらずエネルギーワーカ―さんがいるので、ホールドしやすいのですが。そこは日本がいつまでも文明化できない一つの大きな原因になっていますね。 ②自分が目に見える範囲より外の世界にそもそも触れていない。  →たとえば同じ地域から出ない、頑なに引っ越さない、など。これは物理次元に拘り過ぎて精神を束縛しているのと同様の体験をしているんです。 ③勉強しない。  →勉強も世界を拡げる一番簡単な方法です。反対に、一般論にすぎませんがそもそも社会生活を営む上では勉強はしておかないと生きること自体がそもそも苦痛なはずですから、一応受講する方はそれなりに勉強しているのが前提と捉えています。ただし、基本的に勉強で精神世界ができるのは基本的にはケンブリッジ大学とかジュネーヴ大学や芸大にでも行っている人たちくらいです。大学の一般教養(経済学、社会学など)リベラルアーツで学んでいるのが一つの基準です。    勿論、これはみんながみんなそうだというよりは、日本が衰退した背景としてあくまで社会の風潮としてこういう傾向にあったというだけのことで、多分上記3つともやってきた方はそもそも既に世界に出ていますので案ずる必要はないです。 (多分3つともやった方はカナダやイギリス、ニュージーなどに移住した方が多いはずです。読んでる方、この辺に心当たりあると思います) だから反対に ① 精神世界の開放をする。 ② 自分が目に見える範囲に拘らない。 ③ 勉強をする。 の3要素が揃うともう世界に出始めるんですね。余程重度の自閉症スペクトラムなどない限りはです。 5.世界の広がりがその人の喜びと比例している。  ここからが大事なことで、もう当初の出世という話から随分離れてしまいましたが、世界に行くという事は、その人の人生が一気に開ける事と関係が深いんです。  世界が開けるという事は、その分喜びも増えるということです。そもそも私たちは喜ぶために生まれていますので、目的が達成された喜びもあるからです。  精神世界の反映率が喜びの高さと言っても過言ではありません。精神世界で喜びを創るのは意外と容易い事です。しかしそれを物理化して、しかも実感できるようにするのには一仕事要ります。でもだからこそ生き甲斐があるということでもあるんです。  それが実現した時の喜びといったら、たまりません。しかしこれがもし、(物理ないし精神)世界が狭くて、喜びの数や種類が少なかったとしたら?  ちなみに・・・上手くいっている人ほど移動距離が半端じゃないのもそのせいなんですよー!  社会的に上手くいくとみなさん1万キロ単位で移動しますでしょう?なんせドイツまでが9,000kmですからね。実は出世する人というのはみんな精神世界が広くて物理化の割合も比較的高めな高位クラスの霊格の人が多いんです。  そのため、ややざっくりではありますがその人の霊格の位やどれだけ苦難と向き合って浄化されてきたか(カルマを落としてきたか)を出会った時からその人の普段の移動距離や行動範囲で概算で計れます。(勿論霊格が高くても浄化やヒーリングされておらず行動範囲が狭い人も結構いますが、それも含めて測れるという事を指しています)  最近は日本企業でも採用基準が国際経験で測るようになりましたが、それは合ってるんです。  例えば私たちはリトアニアやルクセンブルクに行ったことがある人を最初に警戒しません。ボンにいきましたとか、ザクセンにいきましたとか、ルッカに行きましたと言う人は今がどういう地位であれ、かなり純粋で努力家な証拠。つまり、将来的には社会的に地位が高くなる傾向=出世する傾向があります。 これはスピ的な判断知識の一つなんです。だからといって全部許容するとは言いませんが、スピリチュアルやってる人は、普段の移動距離を聴いて「とりあえず努力してきたんだなあ」くらいには思うわけです。逆にずっと同じ地域から出たことがないなどは、「余程何かあるな」とちょっと身構えるわけですね。それが東京や香港であったとしてもです。  要するに一般的には普段移動距離が短い人や、行動範囲が狭い場合、ヒーリングする必要がある範囲や量、勉強しなければならない量が反比例してとにかく多い傾向がある、ということです。むしろスピのプロたちは「なぜ狭くなったのか?」という考え方をするんですね。  それはそうと、話をまとめると、その人の行動範囲と喜びの量はとにかく比例しているんですね。  精神世界での喜びの幅が広い事と、それが物理化する量が多いからです。しかも自分が持っている精神世界の広さと、自分の行動範囲の広さは確実に比例するんです。  言い換えれば、世界に出るということは、イコールその人がしっかりと精神世界を開放していて、しかもちゃんと精神と物理をシンクロできているということを証明していますから、まずまず成功しているといえます。反対に行動範囲が広がっていない場合は何か浄化しなければならない致命的な見落としがある、といえるわけです。  スピリチュアルを学んでいると精神世界は整っていきますし、広がり、ましてヒーリングすれば反映率が高まりますから、行動範囲が広がるのが正常な状態なんです。  なぜじゃあスピリチュアルを学んでいるのに狭まるケースがあるかといえばスピリチュアルを学べば学ぶほど純粋になっていくからです。要は不純物が減っていくがゆえに、いい面も悪い面もくっきりと出てきてしまうんですね。だからスピリチュアルを学んだからと言って全部がオッケーかというとそれはありえない。  ちゃんとヒーリングも常にしないといけないのは、学んでない人と同列です。。が、普通はヒーリングやチャネリングをしていると収入が増えるので、ヒーリングを頼んだところで困ることはないはずで、ヒーリングを受けなかった場合の機会ロスの方が半端じゃないんですね。これは、ヒーリングを体験してきた人じゃないとわからないかもしれませんが。   6.まとめ  出世という言葉自体が死語と思われてしまいがちですが、世界に出るという定義に代えたとした場合はむしろ逆に、これからアセンションした地球ではディファクトスタンダードです。  私たちは肉体を持っている=物理化しているわけで、その理由は実に単純で、喜びを実感したいからです。  フランス人の口癖みたいな話ですがこれはスピリチュアル的には本当です。だから、喜びから離れれば離れるほど苦しいんです。苦しいという事は、喜びから離れようとしている一種のサインなんですね。  喜びに目覚めて、世界に目覚めましょう。 …

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なぜスピリチュアルを学ぶと急に出世するのか?【前編】

Guten tag! ラファエルです。 久しぶりの投稿でわくわくしています。 最近、オランダやフランス、スイスなどからもアクセスしてくださっている方も増えていて何を書いたら面白いかなと色々ヤキモキしていましたが、結構普通のテーマが浮かんできましたが、いろんな角度視点から見ていくと結構面白かったので取り上げてみたいと思います!というわけで・・・ ずばり、「なぜスピリチュアルを学ぶと出世するのか?」 (なぜここで凱旋門かは私も知りません) ですが、これは昔から云われているスピリチュアルを学んでいる人の共通点でもあったりします。 ちなみに一応先に言っておくと、ここではスピリチュアルを学んだだけでなく実践しているかどうかというのも条件として設定しています。なので、実践していない場合はこの系列からは例外としてとりあえず省いておきます!笑 そしてどう実践しているのかについては、後で書きますね 🙂 1.そもそも出世の原点とは?  出世で検索するとWikipediaでは出てこないのですが、日経Bizgateさんがいち早く記事を出していらっしゃいます。 参照コラム: 「出世=昇進」ではない!テレワークが変えた出世の条件    コラムニストは同志社大の太田肇さん。  残念ながらこの記事ではそこまで出世の条件は書いていませんが、多分世間では新しすぎて一歩踏み出せない感があるのでしょう。いまインターネット市場やオウンドメディアで一歩踏み出している方たちは大体以前まで「根暗」とまでいかないとしてもどちらかと言えば「マイナー」扱いだったからです。  かくいう私も実は中学校の頃既に一太郎に触れ(その後Wordになった)、高校生になるくらいまでにはインターネットのBBS(2ちゃんみたいなもの)に参加していましたから、世間様からの目は結構散々でした。  多分当時からIT関連で起業していた方だったら記憶に新しいと思うのですが、当時はITが業態に入ってなくて、オフィスの入居すら「そんな実態のない詐欺みたいなもの」と断られていたんだそうです。今じゃ到底考えられませんね。それじゃ電話業者は実態がないから同じく詐欺なんでしょうか笑 (オフィスの入居率が50%を割ったのもそういった不理解や不寛容も大いに影響した。じゃあ駄菓子屋さんでもやっていれば入居できたのかというとわかりません)  ちなみに国外ではどうかというと、そもそもどうやら「出世」という言葉自体というか、概念が珍しいらしく、google先生に色々な角度から聞いてみたのですが、多分元々共産主義・社会主義体制統治下の中国や日本、インドといったアジア圏にしか存在しない概念なのかもしれないのです。  それもそのはずで、能々歴史的背景から考えてみればそもそも欧米(米といっても歴史が近現代しかないが)ではまずほぼ王政か公国。日本みたいなカースト制は勿論ありません。  米国に至っては国民主権なので権力も出世もへったくれもありません。向こうではリーダーはいますが権力者はいません。  以前たまたまニューヨークで出会った韓国人にすら「権力者となるといつ国民にこき下ろされてもおかしくないから」とかまされたくらいですから、権力の集中と獲得のためにいそいそと働いてきた多くの日本人とはどうもちょっと考え方が違っていてですね、世界ではそのくらい権力と人民とはかけはなれて程遠い存在なのでしょう。  英語で出世にあたる言葉といえばPromotionやSuccess、Careerといったりしますが(もし他にあったらすいません)、かくいう米国はかつて実力主義の中心地でしたし、イギリスではそもそも領主制なので一般の人が日本人の云うような出世というフレームワークに触れることもほぼなかったのではないでしょうか。  と、いうわけで、地球の現代文明で最も進んでいる公的書館であるgoogleで調べてもこれといって出てこないくらいなので日本語で言うところの「出世」という成功=権力みたいなイメージのものはおそらくほぼないのでしょう(辞書的な意味は置いといて)。ちなみに日本限定で言えば私が知る限りの範囲では、摂政関白みたいな独自の文明があったわけで、かつてのフランスの絶対王政よりも長く昔からなじみ深い文化ではあるようです。  では「スピリチュアルを学ぶと出世する」というのはなぜ?  それは出世という言葉の意味が変わったことを前提に話します。 2.今の「出世」とは、”世”界に”出”る事。  仮に出世という言葉が、英語で言うところのPromotionやCareerという言葉だったとしてですが、現代(2020年前後)の時点での仕事上での成功とは、世界に出る事です。  なーんだあたりまえじゃんと思いますよね。確かにこの10年くらいは日本でも海外に転勤になったり、英語が話せることが仕事上での成功要因の1つだったからです。  しかし今はそれだけではありません。もう少し突っ込んでいくと、「いかにメディアを作り上げるか」ということもテーマとして大きなウェートを占めています。 参照データ Boston Consulting Group: The Internet Economy in the G-20    今さら言うまでもありませんが、そもそもサラリーマンというのも日本が一番多い国の1つではあるので、出世という言葉があたりまえの世の中といっても地球上ではかなり範囲の狭いレンジでの話なんだということを知っておいてください。 参照データ Global Employment: What is the world employment rate?    世界の労働者人口割合が50%前後で推移しているのに対し、日本では87%ですから、その異様な多さに驚くと思います。組織に属して働くのがあたりまえなんて、実は戦争の頃(軍事主義)、例えるなら日本が明示維新した頃の時節の話なんですよね。 …