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Supplementary Finance Wealth

富のFlame work

富とは、平和と愛に満ちた状態でもある。 Guten nacht, ラファエルです。 今日は4年間続けているスピリチュアル経済学のお話を少し。みなさん大好きな「富」についてのフレームワーク(構造)です。ここも、理系スピリチュアルになるので、大好きな方は楽しんでいってください。  ところで、スピリチュアルの考え方「平和→愛→富」というフレームワークはご存知でしょうか? お金が手に入ったから平和になるわけでも、お金があるから愛に満たされるわけでもないことも、ご存知でしょうか? スピリチュアルを学んだことがない方は「富→平和→愛」と思うはずです。  スピ的には、富に恵まれた人と言うのは本来的に平和と愛に満ちた状態の人を指しますし、反対に、富が離れていく状態とは、平和や愛ではない選択をしているときです(金持ち喧嘩せず)。とにかく富む人は争いを避ける(或いは予防する)傾向にあります。なぜでしょう?  ぱっと云われて明確に答えられる人はそう沢山はいないと思われます。  そこで、今日の目標は、「平和→愛→富」という構造について、少しだけ垣間見ることのできる記事にしてみました。 世俗的な解釈とスピリチュアルな解釈の差異  まず、理解を助けるために、世俗的な観念との比較アプローチをしてみましょう。みなさんは、お金がありあまってあればきっと不安や恐怖はなくなるだろうと思っていませんか? 半数の方はおそらく図星です。まずそこの明確な誤認から修復していきましょう。  当然ですが、まず、お金が何百億とあっても元から不安な人は不安はなくなりません。お金が溶けたり価値がなくなるリスクがあるからですね。これは極論ですが、残高が100万でも100億でも大きな違いは特にありません。(※詳細は証券業協会が出している経済学の教科書などを参照してください)あるいはそれは純資産ではなく借財である可能性もあるからですね(D/Eバランス)。  何でもかんでも買うという考え方も、やはり残高が100万でも100億でもできないのは同じです。変わりといっても使う額の桁が違うだけであって、考え方はさほど変わりません。勿論、大きくなればなるほど大数の法則は働きますし、投資先(の候補や選択)が変わるなどの各個別的な事情やステータスは変わりますが、ベースアイディアやファンダメンタルズは残高が1円でも1億でも同じお金を扱うならやっぱり同じです。  ではここからがスピリチュアルな観点なのですが、財産状態に不安がない状態とはどういった状況でしょうか? お金がたくさんある事?いいえ違います。実態ベースでの見え方としては収入が多い(=流動資産のインカムゲインが潤沢である)こと、が正解です。たとえ不動産をたくさん持っていたり、株式を大量保有していても現物資産と言うのはつねにデフレインフレの危機にさらされています。それも、カントリーリスクやミクロマクロに拠らず影響することも考えられますが、現金の流動は違います。基本的には現物資産よりもコントロールが容易で扱いやすく、あるとすれば為替リスクくらい。インフレ率といってもその名の通り流動資産なのでスワップしやすいのです。  「そんなの時代背景によって変わるじゃん」と聞こえて来そうですがちょっとそれは違います。「貨幣価値がなくなるかもしれない」というのは恐慌や戦争以上の状況ですから普段からコロコロ経済事情や需給関係によって変わる他の資産クラスよりもブレは圧倒的に小さく“タフ”だといえます。もっと言えばシンギュラリティになってベーシックインカムが標準となってもなくならない可能性が高いのが“今”の写し鏡ともいえる現在価値を最も計算しやすい貨幣です。貨幣がなくなるときは経済がなくなるときですからそもそも無限遠としてこの議論を省略していいはずです。  この話は、多分既に投資家をしているなどの方であればわかるのですが、日本でも長らく「最強資産はドル」と云われてきた背景の一つでもあります。そもそも財産とは交換価値のことですから、固定資産はあくまで流動資産の上振れ下振れ対策として宛がうか、究極インフレに備えて生活保全のために土地を保有しておくくらいの話です。  特に、ここ2年くらいは世界中がインターネット天国なのでリモート環境が当然になりました。そのためテナントといっても医療施設や医療センターが限界で、小売業や飲食業は上場株並みにほぼスタート時に含み損です。そして技術が進展することはあっても後退することはこの何万年とみてもほぼあり得ない。と考えると、これからも構造的縮小が進行すると観てほぼ間違いありません。つまり、「現物資産というのは常に文明発達による将来価値の消滅危機に晒されている」と言い換えられることができます。   ここ5年で世界中で大規模な商業施設が次々に倒産したり解体されているのを見ても明らかです。(日本ではデパートが分かりやすい例)  ロングテールの法則で小売り市場がほぼインターネットに取って変わられたのもその一つの例にすぎません。  ただしこれは、投資先のアセットクラスとしての観方で、個人的な生活保全や趣味として保有するとなると全くの別次元になるので、ここでは省略します。  それがなぜスピリチュアルな領域と重なるのか? それは基本的に「人格成長と現金収入の規模は比例する」というミクロ経済的な特徴があるからです。どんなに性善説を唱えても現金収入の多寡でその人の社会貢献度や言行一致具合がわかります。  そこで今日は、日常にありふれた基本的なファイナンスや経済学の勉強をしていることを前提として、更に視野を広げるためにスピリチュアルな示唆を得られるような記事にしていきたいと思います。 1.恐怖は結局、恐怖しか生みださない。  やっとスピリチュアルな話になってきました。  おそらく、これまで一生懸命働いて稼いできたけど、お金の不安がぬぐえない人が大体抱えている課題はここだと思います。要は不安が不安を呼ぶ状態。  これだといくらお金があっても不安です。これはおそらく「お金の残高と不安との間には一切関係ない」どころか「不安がむしろ経済状態を危険に晒す」ということを気づくまでは続きます。  例えばお金持ちになればなるほど保険は減ります。  節税で保険を買う人はいるかもしれませんが危険予測で保険を買うとかまず聞いたことないですね。節税以外であるとすれば外貨預金に保険機能が付いた累積投信型なら買うかもしれませんが、死んだらどうしようなんて金持ちになる人は「その論理は問い自体がすでに合理的でない」としてあんまり考えません。そうでなくとも、資産が潤沢にあるので保険は外部流出の元凶です(経済損失は例えば「学資保険」の例が分かりやすい)。又個人の金融資産規模が1億を超えたあたりから保険がほぼ要らなくなります。(=対策の仕方が変わるからですね)  人生のほとんどを年金を含めたインカムゲインに依存している限りは保険は入りますが、キャピタルが増えてくるとメリットがなくなってしまうのです。   ※アセットじゃなくてキャピタルです。   「あれ、現金収入が一番なんじゃなかったの?」ですが、現金収入が潤沢にある事と現金収入に依存するのとは全然違いますよね。現金収入がないと死ぬのと、現金収入が潤沢にあるから安心というのとでは説明するまでもなく全く意味が違います。  だから例えば金融資産10億以上の投資家とか資産家でもインカムをかなり重視する傾向がありますよね? アセットが大量にあるからと言って何にもしないという人はほぼ0です。むしろアセットクラスのリスクをカバーするためにインカムを用意するくらいですから、その辺の考え方がおそらくないといつまでたっても経済的な不安はなくなりません。  この話でインカムゲインの重要度がわかると思います。ほとんどの人は、資産がたくさんあるなら働かなくていいと思い込んでいます。特にインカムに依存している間はそう思ってしまいます。確かに、インカムだけ、という状況がいかに恐ろしいかということは否定できない節がありますから、いくらインカムが潤沢にあっても、誰だってアロケーションくらいは考えておかなければなりません。  しかし、ここからが本題なのですが、恐怖では恐怖しか生み出さない。インカムがある程度落ち着いていざアロケーションを組んだ時に過剰にリスク転嫁を重視しすぎるあまり利益を予め毀損してしまうようなイニシアティブをとってしまう人がたくさんいます。これはウェルスマネジメントの領域でも時々話題になりますが、特にこの傾向は働き盛りで投資初心者の経営者に多いと云われています。  先ほどの保険の例もそうです。長期退職金確保でハーフタックスプランを取るならまだわからなくもないですが、安易に保険をたくさんかけてしまって、そこで継続的に利益を溶かしてしまう人が多い。金利や上澄みというのは%や金額が割合小さいためにうっかり2万円や3万円を見逃してしまう人が多い。保険料で年間2万円払う人はかなり多い。しかし、その2万円をもし債券運用で稼いでたとしたらとんでもなく深刻な状態に陥っていることが分かります。 「あの山に鬼がいる」と思い込んで軍備でも進めて攻め入ればくたびれ損です。むしろ火を放って山火事にでもしてしまっては自然資源が減って反って自分たちの首を絞めかねません。不安と言うのは現実とは関係なく起こる心理現象なので、現実は関係ないのです。現実は関係ないのに不安だからといって対策をしてしまう基本的なミスをします。  もう一つ。不安は争いの元です。不安をどうにかしたいからといって安易に周りに不平や不満を言い始めてしまっては本来助けてくれたはずの人々を敵に回しかねません。  不安や恐怖は結局利益を1円も生みださない。機会ロスというのはあくまで最低限のリスクヘッジを想定したものであって、予定される利益よりもコストが大きくなる可能性が高い場合やデフォルトを回避するといったそういうレベルでのリスク対策です。  不安をカバーしようと思うから不安そのものがなんであるかも触れずに逆機会ロスを生み出しているパラドックスがある。今度はその機会ロスや自分の不安が引き起こした現象に対して恐怖しはじめてしまい、もはやもとに戻る方が大変です。 2.経済的不安が減る方法  次に前向きな話です。  ではどうしたら経済的な不安が減るのか?というもの。これもまずはスピの考え方を抜きにして、「働く」のが一番早い回答でしょうね。次に「勉強する」こと。そして、最後にスピも絡んできますが、「人生の課題から逃げないこと」です。  「なんだ当り前じゃないか」とお叱りを受けそうですが意外にも不安だ不安だと云っても働かないし勉強しない。例えば会社経営者の知り合いが多いので言ってしまうと会社の収益が悪化しているのにITの勉強しない人は普通いません。もしそんな方がいたとしたらそれは既に相当経営責任を放棄しています。経営者で英語とITがわからない人がいないのと収入が潤沢にある人に英語とITがわからない人がいないのは背後に全く同じ原理が働いています。(今後10年くらいはIT+英語+スピリチュアル教養が読み書きそろばんになると私は考えています)  10年前には英語が話せなければ収益が下がると云われて実際にアウトバウンドや越境、外資系買収に乗れなくて国内需要で切り詰めている企業が結構ありましたが、今回の場合はITの対策の遅れがそれと同じパターンです。英語の次はITでも同じことをやらかしかねないということです。  経済的不安を解決する方法はそんなにたくさんありません。「職がない」なら「職をつくれ」ということです。そもそも日本みたいに60%以上がサラリーマンという方が非常事態なのであって、明らかに「国民総依存症」です。コロナ倒産が続いてむしろ人々の成長を後押ししたと言ってもいいくらいです。(つまりウィルスで社会を強制アセンションさせた)  ぶっちゃけてしまうと経済的不安と言うのはほとんどが幼少期の頃の体験やトラウマから来ています。  不安から余計な行動を増やしてしまい、更に自分を窮地に陥れるケースが多い。だったら最初に不安を減らしてしまってから考えればいいんです。  「それができないから困ってるんじゃないか」 …