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Announcement from Lucerne school Educatioin Spiritual Spiritual Course switzerland

スピリチュアルが「行動」にすべての理論の原点を求めるわけ

元祖スピリチュアル科学を地で行くXCIですが、私たちの原理原則の一つに「行動(力)」、「現象化(力)」みたいなものがあります。 じつはいくつものヒーリングプログラムの結果として求めているのは行動であり、行動の結果としての現象です。 どのような現象を引き起こすか?という現象学としてのスピリチュアリティを初めから最後まで貫いていますが、それをはっきりと行動原理論として体系的に伝えたことはありませんでした。(授業ではちょくちょく話すことがある) これは実際には「行動科学としてのスピリチュアル原理入門」みたいなオタク向けの本が一冊できそうなくらい実に多量の注釈を加えることができるのですが、そんなことやっていたらこのブログがそれだけで埋め尽くされそうなのでここでは日本での本部活動が終了するこの年末というタイミングにちょこっとだけ紹介したいと思います。(というのも、XCI orgの国際プログラムではそれをメインに扱うからです) 私達が「スピリチュアルは行動科学である」と定義している理由も、ここでわかります。 Article 0 : スピリチュアルリーダーってどんな人たち? むかしから、大手のスピリチュアルリーダーやミステリースクールの活動家たちは非常にアクティブであったことで知られています。 今はなかなか社会環境的にそうでもないので、聞きなれないかもしれませんが、当時はヒッピーという呼称で呼ばれていた人たち―豊田勇造さんや、南正人さんなどがまさに今我々がスピリチュアル活動をしている中で直接歴史上の流れの中で前衛を任されてきたような立場にあります。 スピリチュアル領域でいう「アセンションリーダー」とは常に変革リーダー(チェンジリーダー)ですので、当然社会との軋轢の中で相当揉まれながら生きている人が多いですね。 例えばスピリチュアル活動でチェンジリーダーとして有名な人物は色々ですが、マハトマガンジーやマザーテレサなどは日本ではお馴染みの例と言ってよいでしょう。 イエスキリストもユダヤ教の中でも特に類まれな天才的な人物であると同時に、チェンジリーダーとして非常に苦しい人生を送った一人です。 では今もチェンジリーダーはそういった軋轢の中で揉まれて殉教者や聖人にならなければならないかと言えばそうでもないのが実態で、この50年くらいで人類全体での知的水準は流石に2,000年前のローマよりはイデオロギーも認識のレベルも高いのでそこまで殺伐とはしないでしょう。 直近でスピリチュアルリーダーと呼べたのはスティーブジョブズでしょうけど、色々あったにせよ宗教裁判にかけられて死刑にはならなかったですからね。 Article 1 : なぜそこまで行動が大事なのか? なぜスピリチュアルが行動学であると言い切れるのか? それは100論じるより図を見ていただいた方が速いでしょうから作成してみました。(すごい雑ですが・・・) まずご覧いただきたいのがこの図。実はスピリチュアルの概念の内、これらは基本中の基本項目になるので、国際プログラムの入門体験コースで詳説予定です。 当然数値は体感覚レベルなので人間が知覚できる事象レンジと比較して各セクターの要素値がどのくらい少ないのか、とか、そもそも知覚できたとしても認識に上がって行動に反映するに至る分量としては極めて小さいのだということがここでは最も重要な共通認識です。 つまりここの節で大事なことは、 人間が知覚してから行動に移す量は匙一杯分に満たない。 という真理を知っておきましょう。ということです。 これを頭に置いた上で、次のスライドを観てみましょう。 これは、よくあるヒーリングクライアントさんのケース。 小さい頃に虐められていたとか、親から虐待を受けていた人などにありがちな、他人に対する極度の恐怖症を持っている人の行動パターンと現象との関係性を明記したものです。 次にヒーリング後どうなるか観てみましょう。 一番ヒーリングによって変わるのは「Recall=想起」する部分です。 統合ヒーリングや透視ヒーリングなど呼称は別としてもヒーリングと言うことはこの想起にアプローチして認識に上がる前のプロセスを調節するのが仕事ですよね。 このRecallが変わることに因り<選択肢>がこれまでと違った集合になります。また派生効果として考える際の自己破壊性なども同時に癒されるため考え方も健全になりやすい傾向にあります(ヒーリングした後に比較的精神状態が落ち着きやすいことの一つの要因)。 勿論地頭や思考力などの学力に依存することもままありますが、基本的に悪い方に考える癖がなくなります。或いは、週勘定の考え方が悪いかどうかは別としても、よりよい未来に方向をシフトしやすくなるので、選択する幅が変わるだけでなく基準や実行内容まで変わるのが通例です。 重要なのはここまで。 その後はヒーリング前も後も変わりません。 よく、ヒーリングをするとすぐにお金が入るんですか、という質問がありますが違います。行動から現実が変わるプロセスは宇宙の原理原則が働いているので我々ヒーラーではどうしようもありません。 私達ヒーラーがお手伝いできるのは行動による選択の結果、もっと言えば選択の仕方や方向性をより良い方向に導くというコンサルティングやコーチングの業務にきわめて近い性質にあります。 さすがにエネルギーワークをしたからといってすぐにお金がわんさか入る、ということはありませんし保証しかねます。 ただし、このプロセスワークを考えれば「お金が入らなくなる理由」はわかったり、「お金が入らないようにしている自分の思考の罠」を解くことは通常の心理カウンセリングなどよりも効果的であると考えて先ず間違いありません。その結果として前よりも収入が増えた、ということは自ずと生まれます。 行動の結果、というところは変えられませんが、選択の結果の行動の前段部分を変えることは可能であるという事を同時に示しているわけです。 ここでこれらのことの一般論としてまとめます。 一般化すると概ね上図の通りで、これは実はヒーリング体系全てに通じる原理原則でもあります。というか、これに当てはまるかどうかでスピリチュアルヒーリングが成功しているかどうかが大体バレてしまいます。 変えられるのは現実そのものではなく、その人の思考パターンや行動選択のパターンだけだということです。 言い換えれば、ヒーリングをしていると行動選択のパターンが変わるはずです。ですので、行動選択のパターンが変わっていないという事は、ヒーリングが足りていない部分だという事が明らかになるわけですね。こうやってトレース&クリアリングしていくとスピリチュアルが行動科学であるという私たちの理念もご納得いただけたのではないでしょうか? Article 2 : 門下生の方やスクールに協力していただいていること。 以上のお話でスピリチュアルで成果を出すことが如何に行動を変え、そして現実を変えるパワーは本人に依存しているかということもお分かりいただけたと思います。 上記図説を読めば、説明しなかったこと、例えば、物理レンジで頑張るべきことと、スピリチュアル(精神)レンジで頑張るべきことの違いがはっきりしたり、今自分が置かれている状況と照らした時にどこの段階で躓いているかも把握できるようになるはずです。 ところで、パートナースクールやうちの門下生のヒーラーさんによく「理屈はともかく行動してください」とお願いしています。なぜ? それはヒーリングを受ける方々に提供する価値だからです。 …

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なぜうまくいく社長さんは参拝によく行くのか?

スピリチュアル経営学的視点で よく、日本でも成功している社長さんが神社によく通う、という話を聞きます。 実際そうなのかと云われれば色々な社長さんが居るし、何を以て上手く行っているとするかはわかりませんが、神社でお参りをする社長さんたちが比較的順調な傾向があることは間違いありません。 確かに海外でも優秀な弁護士やコンサルタント、資産家の面々はかなりの割合でjewishだったりするので礼拝は普通です。ただ、特別なものというよりは日常に近いものなので、日本人のように「敢えてそうしている」というものはないと思います。 スピリチュアル的にはどうなのか。 これは簡単で、初級プログラムでも祈りの授業が少しあるのでお話することがありますが、祈りというのは最善最適を祈ることを言います。お祈りをおささげするときに、「ああなったらいいなあ」とか「こうなったらいいなあ」というのは在りません。それは祈りではなくお願いごとです。 先に、祈っていると上手くいくとはどういうことなのかだけ話しておくと、祈る習慣があると先ず順調にいきます。なぜ? 祈りと言うのは自分の利害を捨てて全体の調和を祈るからです。反対のパターンを考えた方が理解が速そうです。 大体上手くいっていないと感じるときというのは何らかのバランスが崩れている時期です。体調が崩れているときと同じようなものです。バイアスがかかっており、平衡状態ではない時に人は「調子悪いなあ」とか「上手く言ってないなあ」と感じます。 ※勿論それは経過として必要な場合もあるから、バイアスの全てが悪いとは言い切れません。ただここでそれを考えてしまうと解がばらけるので敢えて切り捨てます。 では話を戻して、反対に上手く行っている状況と言うのはどういう状況かと言うと、それは恐らく以前にも増して調和している状況です。不安な状態がさして続かず、ある一定の安寧がそこにあるわけです。理由は色々でしょう。財務的に豊かだったり、パートナーとコミュニケーションがうまく取れているとか、まあ色々ですが、いずれも共通しているのは不安定な状況を克服して安定を手にしているということです。 そうアプローチすると、お祈りを習慣にしている人が経営や仕事で上手くいくのも納得です。 やっとなぜなら、という話ですが、お祈りをするということは自我<エゴ>を捨てるということ。だから、バランスを取り戻して全体最適化が図り易くなる。問題が生じている時というのは右か左かで悩んでいたり偏った考えに縛られていて問題解決自体に支障を来している時期です。 ということは、「右でも左でも良い」という風にニュートラルになった時、偏りがなくなって途端に矛盾が解消するわけです。矛盾が解消されれば当然今まで問題と思っていたことが溶けていくわけですね。 人は無自覚に不安を感じるように出来ています。本来それは自発性のものなので何にもしなければ(放っておけば)雑草のようにぐいぐい伸びていきます。私はよく不安がある、という状態を、心の雑草が生えていると表現していますがこの表現は恐らく強ち間違っていません。なぜなら雑草ですから本来無害でかわいいものですが、放っておく側(人間側)の怠惰にむしろ害があります。 自分のメンタルコントロールというのはライフハックスキルの1番目に登場しますが、これができないでスピリチュアルを学ぼうというのは本末転倒です。スピリチュアルというのは別にメンタルコントロールのためにあるわけではなく、能力開発や新しい着眼点(人間の頭では想像がつかないような高次の解)を手にするためにあるので、メンタルコントロールなら正直NLPだけで十分ですしなんせ気軽に手に入りますから自助努力で頑張りましょう。(というよりそれはむしろ本人の自律の問題が大いにあると思いますが掃除を習慣にすれば怠惰癖は大抵治ります) 私達スピリチュアルマスターが提示するのはむしろその先にある人知を越えた領域です。なんせこの先々人類がどうなるかすら読めるようになるわけですから、流石にその技術をメンタルコントロールに使うには規模が小さすぎます。 別にダメじゃないですが、要は屋形船に乗船するチンピラ相手に戦艦からGPS搭載の弾頭を飛ばすようなものなのでメンタルコントロールのために使うにはスピリチュアルはあまりに豪華すぎるのです。 なので、基本的にスピリチュアルというのは志の高い人のためにあるものですし、夢や理想がある人にとっては契約の箱並みの貴重な神具になりうるわけですね。 「右でも左でも良い」となると人はどうなるのか? ところで、お祈りを習慣にしている人が「右でも左でも良い」となるから途端に順調に物事が進むようになると言いました。せっかくの聖夜ですのでもう少しファンサービスしたいと思います。(意味深) 右でも左でも良いとなると途端に調和して、とあっさり書きましたが、実はこの過程にスピリチュアル的要素が詰まっているんです。意思決定マネジメントがスピリチュアルの価値だと毎度のことながら書かせて頂いていますが、ここにも通じる部分が多く潜んでいます。 多くの社長さんが知っている秘密?ですが、「意思決定で躓くから上手くいかない」んです。運がいいとか悪いとか、生まれや育ちが良いとか悪いとかって特に経営状態には全く関係ないんですね。それどころか私含めて上手くいく経営者さんは生まれや育ちがとんでもない粗悪な人の方が多いです。どういうことか? 要は、仏教徒の方なら一度は耳にしたことがある「喜捨する心」です。 松下幸之助じゃないですが、拘りがあるから上手くいかないんです。ある一定の成果が出るまでは拘りぬいた方がいいかもしれませんが、何か上手くいかないなあと思い始めた頃にこだわりを「えい!」って捨てると、途端に軌道に乗り始めるという体験はどんな社長さんにも共通してあります。(ただし、上手くいったことがある人だけ) 逆にいつもいつも「上手くいかないなあ」とか「あれがあかんねん」ってつぶやいているサラリーマンの皆さん(ドキっとした人ごめんなさい)、それは拘りを捨ててないからです。「そんなはずない、なんでもいいですって言ってるはず」と言ったとしたらそれはメタ認知トレーニングが足りてませんね。 実際に上手くいっていない人の周りの人たちに聴いてみると「あの人は結構あれやこれや注文付けてくるからなあ」とか「文句ばっかりで自分では何にもしないからなあ」とサードオピニオンを聴くことがありますがそれは本当だと思います。自分でも気づかないくらい拘り過ぎてて気づかないのかもしれません。 そして創業初期の頃の社長さんや自営業にありがちな拘りは、お金に関することが多いです。というより、本当はお金に関する拘りを捨てないと先に進めないし進歩しないからそういう出来事が続くんですけどね。 事業というのはプレゼントに似ているとよく言われます。営業の世界でもプレゼントトレーニングをさせられます。それはマーケティング技術の向上に大変有用だからです。「あの人はこういうのだったら喜ぶんじゃないか」という練習を徹底的に続けているうちに、売り上げがぐんぐん伸びるわけですよ。(未だ知らなかったという方はぜひ実践してくださいね) どんな事業も物々交換がベースにあります。しかし、時代の変遷と共にお金や情報といった無形価値が増えて行ったのでうっかりすると忘れがちですが、人に与えるという行為は何も物である必要がない。むしろ、物じゃないプレゼントにこそ、その人の品位や性質、人格が問われています。 経済活動は物々交換が原則だから、与えなければ取引は何にも始まりませんよね。この「与える」という行為に傷がある人は経済活動が頓挫しやすいんです。その傷があると誰も見向きもしてくれないから。あるいは過剰に与えてしまう。所謂愛着障害チックな状態です。 上手に与えられる人は、与えすぎず、与えなさすぎずを熟知しています。 このタイミングではこういうプレゼントの仕方の方が相手が喜ぶだろうとか、添える言葉や文句にも気を使います。 プレゼントトレーニングをした人なら誰でも経験していますが、「すごく良いものをあげたいけど、相手がびっくりしたり気負いさせてはいけないだろう」と、色々考えを巡らせます。つまりどうしたら相手がすっと喜んでくれるだろうかと考えるわけです。 まさか大事なクライアントに研修生を宛がって通常料金で請求する人はいません。それは安く見積もられたか、敢えてそういう取引(バーター)を選んでる等特殊な条件です。 もし相手が大事な人だと思っていたら、一番良い社員を宛がうと思いませんか? 一番いい社員を宛がったところ、クライアントから「素晴らしいサービスをありがとう」と次の取引につながるわけでしょう。それで結果として業績として評価されるにすぎません。 多くの上手くいかない人がやってしまいがちなのが、このビジネスの一番肝心なプレゼントプロセスをすっとばして数字だけを追っかけてしまうこと。これでは取引はおろか信用まで失ってしまいます。 本当は何を大切にすべきか、ということを考えた時に「与える」という行為について深く熟知しておくことが最大の強みになるはずです。しかも、創業期や安定期などの時期に関係なく永遠に使える経営スキルなので、磨いておいて損は1つもありませんよね。 これがプレゼントスキル。 ところで、上手くいかない時というのは偏りがあり、ある種の不調和を生み出しているということです。 それは、相手から何かもらいたい、もらいたいとばかり考えているときです。ちょっと幼稚ですが実際インナーチャイルドが拗れている場合が多いです。恋愛でも同じです。 一般的に、何を与えられるか、ということを主軸に日常の設計をしている人は、取引先にも売上にも恵まれています。しかし、何かを相手から引き出してやろうという考えが先行していると、これでは単なる借入になってしまいます。 相手にこうして欲しい、こうして欲しいで欲しいばっかりなのですね。 だからお客さんが逃げていくんです。そういうのって、習慣なので直すのは一苦労要りますが、できたとしたらあっという間に解決するのでしょうね。 偏りってそういうものの類です。 だから、お祈りを習慣にしている社長さんは自我が飛び出ないようにメンテナンスをしているから業績が好調なんです。 おわり。 追記  この記事はスイスで開講予定の上級クラスーMoon Stone Class内授業「Spiritual Management for future inspire(仮)」の授業企画に盛り込まれている内容を踏襲して一部公開しています。

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スピリチュアルが究極のライフハックスキルである理由その1 〇〇が行動変革をもたらす。

まあこういう記事を書いてしまうと恐らくは他のセッションサービスなどを提供している類似業者さんがしきりにこの短文を引用したり模倣したがりそう(ただしGoogleは仕様上模倣ページをあまり評価しません)ですが、一応間違いがないように先に明示しておきたいのは、 そもそも、スピリチュアルがライフハックスキルだと定義づけているのはXCIだけ=XCIの独自性=なのですよ。 と言うのも、それこそが私たちXCIの起点であり、アイデンティティだからで、実はXCIブランドを経由してみなさまに現在提供しているすべてのプログラム・・・セッションや授業などのプロダクト全部に水面下で1本共通しているアンブレラコンセプトでもあるんですね。 丁度、この1ヵ月間色々とブレインストーミングをしながらもそのコミットメント、スピリチュアリティを示すに良き公開資料を作成していました。 ちなみに、まだ試作品なのでところどころ説明が変かもしれませんが、本質からは逸れていないので仮に内容を理解できれば特に大きなリスクはありません。 ※資料にも記載ありますが、無断転載はいかなる理由においてもご遠慮ください。 大事なのは、スピリチュアルをマスターすること=ヒーリングができるようになること、ではないという事です。 え・・・! と思いましたか?それもそのはず。今までのスピリチュアルスクールはみんな「セッションスキル」だったり、「エネルギーワーク」などの部分集約的な技術習得の延長で済ませていることが圧倒的大多数だったからですね。 勿論技術習得をするプロセス自体は別に何にも間違ってはないし基本的にシャーマニズムでない限りは修得者にとりプラスしかないんでしょうけど、それはパーツにすぎません。それだけだと、仮にエネルギーワークをマスターしたところで手相占いを学ぶのとまったく同じレイヤーで止まってしまいますし何もスピリチュアルを敢えて学んでることにはなっていません。それはむしろ、スピリチュアルの氷山の一角、あるいは枝葉末節である「技術」を学んでいるだけなんです。 実はこの資料でもそのくだりが書いてあります。「プロとそうでない人の違いは、全体像をはっきりと認識しているか否かで歴然とした差が生まれる」という説です。要するに知識だ技術だというのはパーツにすぎず、全体像は何かといえば自らが独自のライフモデルを作る事そのものなんですよねー。 (ちなみにここでもし今の受講生さんで「え・・・!」って思った方は焦らず先ず初心に帰ってください・・・その場合は例えば技術や知識は誰でも習得できるため何らの優位性も生みだせないことなど、マスターたちの話をもう一回振り返ってみましょう。) それに技術習得の方がマーケティング的にわかりやすいといった理由から一般のスピリチュアルスクールが本質を追求することは経営的に厳しいためその選択自体がそもそも珍しく、そこに触れていたとしてもこれといってわかり易い経済的メリットが双方ないということでほとんど無限小に終わっていたのですね。これまでは・・・ だがしかし。。。ですよ 私たちXCI及び、the Verities orgは、謂わば世界標準のスピリチュアル大学院です。まさかそんなマヤカシ―経済性だのなんだのとそういう俗世的なレイヤーで満足する私たちであるはずがありません。仮にその選択が正しくなくても一流は一流に収まってこそと思いませんか! やっぱりハイエンド型PCに4GBメモリはイメージ的にちょっと合わないんですよね。 そう、私達は云わばイギリスのケンブリッジ大学は神学部、アメリカならハーバードスピリチュアルスクールみたいな立ち位置なわけですから、そんな甘い囁きに傾いたところで放っておくはずがありません。Mozartではないですが、偏りも突き抜けさえしてしまえば圧倒的な価値に昇華できるもの。我々スピリチュアルマスターにとっての敵とは常に「中途半端さ」なのです。 とはいえ、経済活動も両立する必要があります。そこで、私たちがスピリチュアル産業家として世間に提供したいのは、Spiritual Workerというある種の職位を提案し具体的なそのポジションの在り様を仕様や水準で明文化することです。 あれれ、スピリチュアルは技術承継じゃなーい!とか言ってたんじゃなかったの?と聞こえてきそうですが無論精神性にフォーカスセンタリングを置いたままです。どういうことか・・・ Spiritual Workerという聴きなれない単語は勿論私たちXCIの造語です。行動変革プロセスを変えるプロフェッショナルのことをSpiritual Workerと呼びます。 行動変革を齎せるプロという側面に於いては様々な職種やフィールドで花咲かせそうです。 ここでは例えば一番わかり易いのはまず起業家、経営者(実業家)、芸術家やデザイナーといったクリエイター3種族(一応言っとくと起業家と経営者は全然違います)。クリエイターではないけど同時に表現者でもあると考えると音楽家、作曲家などもここに分類されますが、私のチャネリング情報ではスピリチュアルの学びの機会はどちらかと言えば演劇作家や歌劇作家が向いているそうです! 尚音楽家というのは作曲は勿論ですが、ピアニストやフルーティスト、コンダクターも入ります。 次のセクターで資産家、祈祷師、ビショップ(主教クラス)、教職などの指導者、それに続いて投資家、医療者、弁護士、会計士、エンジニアといった技術職に就いている人たち。 そして最後のセクションに司法官や決裁者、政治家や大統領、王族、マネジャー、プロジェクトのリーダーセクションを任されているといった何らかの意思決定マネジメントやガバナンス力が必要とされているすべての人たちなどがわかり易いでしょう。 ※上記はスピリチュアル・・特に中級以上のクラスを学ぶと最も利益を得られるような層の代表格を挙げてみましたが、初級クラスまではほぼ全人類が学んで得するのと、起業する予定でも専門分野がまだ確立していないケースなどは中級まで学んでもプラスが大きいと考えられます。 そして、そういう人たちがXCIで学ぶと同時にSpiritual Workerであるという新たな切り口でのポジションを手にします。例えば、会計士+Spiritual Workerであるというように。それがどのように良い方向に働くか? 実はスピリチュアルは意思決定=情報の代入値(=私たち的には「設定値」と呼ぶ)や表現に関する分野において最も優れて効果的に働くようにできている仕様上、特に意思決定やコミュニケーション自体に機会費用がかかるような場面においては非常に優れた意思決定ツールとして役立ちますし、これがスピリチュアルを学んだ人が「行動変革者」であると定義づけられる裏付けでもあります。 ※例えば音楽家の場合は会場と自分、来場者と自分、といったコミュニケーションモデルが成立するためやはりここでも例外ではない。 そうやって新たに定義づけると、なんてことはない、スピリチュアルの学びと言うのは結果からすればまあ大抵誰にとっても必要だという事が自明の理になるわけです。あら不思議。 領域の切り方や区分の仕方を改めて定義し直すと、Spiritualな学びも極めて一般的に受け入れられる可能性があることが垣間見えます。 また、気が向いたらその意思決定がどうスピリチュアルの学びと関連しているのか、もう少し深く触れてみたいと思います。

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11月より光の透視ヒーリングクラスが始まります。

Welcome back !  私たちがHoly Channelingの知恵に出逢ってからちょうど3年が経ちます。透視ヒーリングは10年程遡ることになりますが、やはりこの4~5年くらいはあまり積極的に指導をしていませんでした。   しかし、一方で山口の受講生さんや、東京の受講生さんの中でも長く受講して下さっている方々の弛まぬ熱意に私たちが講師としてむしろ多くを学ばされ、そして新たな道を拓くに値する時を迎えたと認識を改めています。  これまで私たちも受講生さんの成長を見守りつつ、自分たちも存在として純度を高めるべく様々なワークや試みを繰り返し積み重ねてきました。一つの結果の例として、薔薇の透視ヒーリングをHoly Channelingの上位クラスとして位置付けるに至り、また今や透視ヒーリング自体がHoly Channelingの応用であるとしてプログラムを再構築するに至っています。  今日は、上級クラスに進む方たちのために、あるいは初学者でも将来的なヴィジョンの参考となるよう、最新のプログラム、「Holy Light Healing」の概略について11月のオープン前告知として触れておきたいと思います。   Course Overview Discover our holiness.  私たちの聖性について述べる文献や宗教は世界各地で見出すことが出来ます。心理学の分野でも患者が共通して描く絵があることと人間の意識の原点が1つであるのではないかという河合隼雄の説があり、両者は決して無関係の説ではないと私たちは考えています。  仏教や禅では梵我一如をはじめとして認識が世界を作るという量子的な範囲での解釈アプローチが一般的です。自我の芽生えと個への執着についてはHoly Channeling1、”祈りの拡張” Extend prayer”というテーマで自我を捨てることによって恣意や都合から愛や存在の肯定といった善良さに目覚めるという講義を致しました。   こと、スピリチュアルスクールは宗教ではありません、どちらかといえば宗教学的な観点からも事物を見据えることで多面的な解釈や多様な分析(解析)する視点が重要であるという考えに立脚した授業が進みます。また四年生大学を修了する学生が受講するケースが増えているのも、世界の知的水準が上がりより事物に対しての関心の度合いや理解へのスタンスが浸透し始めていることを考えると、とりわけということもなく「聖性」についても心理学、文化人類学以外に謂わばスピリチュアル学的な観点での解釈を加える価値があります。  Holy ChannelingやClairvoyanceといった上級技能者になる方は特に、学力や社会的地位についても真剣に取り組む必要があります。正確なDegreeがあるわけじゃないですしGraduateっていっても定量評価の難しい分野ではありますが、扱う内容的にはPh.D並みと思ってまず間違いないからです。  例えば自分がかかりつけのお医者さんが医師免許持ってなかったり、持っていてもペーパーだったりしたらどう思いますか? やはり少しはがっかりしてしまうと思います。クライアントを持つということはそういうことを意味しています。  さすがに中級まではいろんな方に受けていただけますしチャネリングも当初説明している通りどんな方でもある一定の力学方程式に沿って機械的に学習すればある程度習得できる類のものです。実際鳩やクジラなども常にチャネリング状態ですので人間だけできないというのは消去法的に考えにくい。  ですが、クライアントを持ったり人に指導する側の人間になるならばそこで妥協してしまうのは少々早計だし勿体ないと言わざるを得ません。中級までは初級の指導だから未だロジック通りに取り組んでもロスは少ないですが、上級となって中級者や他の指導者を指導するといった地位にたつ者ならば常日ごろからの研鑽はもちろんですが理解のレイヤーもアセントしていきより見識を広め誰よりも広い知見を以て相談者の相談に受け答えできるようでなければその地位は務まりません。  そこで、弊校においては単に技術的な訓練にとどまらず知識の体系化と自分が扱う領域についての理解度の深さ、造詣を高めることを止めない事を選択しています。  それに、仕事において「聖性」を求めるのは聖職者だけではありません。仕事というのは古くは生活費を稼ぐことではなく<成す事>が語源つまり、「何を成し遂げたのか」について第一にその口から語るべきでその一貫した行為に求められるのがその「聖性」です。Holy Light Healingの受講コースでは、基本的にはこの<「聖性」を開くこと>をミッションとし、「聖性」を主軸としつつもあらゆる観点や角度からProfessionalityを高めていくコースに仕上げていきます。   5 Steps for learning your holiness  Holy Light HealingはLe Cathedraleのクラスターをベースに構築されます。 Le Cathedrale( https://theverities.org/cathedrale )  元々Holy Channelingがthe Veritiesの中ではこのクラスターの授業だったため、今回の修正&アップデートではむしろ薔薇の透視ヒーリングクラスがCathedraleの領域に移籍するような形で統合されます。  そして、Holy …

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再び、知識の時代

プトレマイオス朝以来の知識革命 19世紀ヨーロッパの産業革命が技術革命だとしたら、21世紀の人工知能は知識革命とでも呼ぶべきでしょうか。  これまでの歴史で人間は「間違い」、「怒り」、「記憶障害」といった人的エラーをコンピュータやオートメーション化によって解決できることを示してきました。  例えば、自動車の自動運転化により自動車事故は0に限りなく近づきます。人間は事故を起こしますし、法律やマナーを守ることも先ずほとんどありませんが、コンピュータにとってそれはまずありえません。データベースに書き加えられている以上はそれに従います。  この事実は、反対の側面の示唆も想起させます。即ち、人間は決まりきったことを繰り返すよりも、突発的に思い浮かんだことを実施する方が向いている、と。  投資がAI化されている今、事務作業をAIに任せないのはかなり不自然です。  コロナウィルス(といっても彼らは所謂「風邪」なのですが)のお陰で人類は文明に頼らざるを得なくなりました。各国はベーシックインカムの導入検討に入り、「働く」ことの意味も変わり果て、労働と資本のジレンマを解決せざるを得ないところまで来てしまいました。たった4~5ヵ月ですから、歴史の上ではあっという間の出来事です。    ヒーリングを勉強している人はわかると思いますが、ヒーリングを続けるとアセンションします。特に融合意識のヒーリングを続ければある時突然変化を余儀なくされます。これまでであれば、津波や隕石の衝突などでしたが、今回で言えばSARSやMARSの時と同じ、ウィルスです。    スピリチュアルの世界での解釈ではウィルスとは人類の進化を助ける、或いは加速させる役割を担っています(生物学的には人類に限らないかもしれませんが)。社会学的にどうであれ、ウィルスとは基本的に生物の味方です。というより、味方でない者の方が珍しいと考えてよいでしょう。    文明に頼らなければならなくなった側面は様々です。これまでインターネットやITについて疎遠だった日本も従来の海外のそれと同様に、インターネットなくして生活ができなくなりました。  職業も単純作業はほとんどがAIアプリケーションに置換され、また就業環境も基本的にはリモート環境となり、「出勤」が死語になりました。  これからどうなるのでしょうか?    一応、私もスピリチュアルリーダーの端くれとして世界のこの先をリーディングしていますので、少しだけ共有したいと思います。   2021年以降の時代の変化  未来の情報については、透視するまでもなく、簡単なチャネリングの応用で情報を降ろしてくることができます。その結果が以下の通りです。  勿論かなり掻い摘んでの表記なので詳細は省いてあります。1970年以降はしばらくはインターネット、コンピュータや携帯電話の普及などで先進科学技術が一般層でも利用できるようにボトムアップされ、考えようや活かしようによっては費用対効果がそれまでの10倍、100倍も有りえました。  しかし、先進科学の利活用という側面で見ればこれは些細な出来事にすぎず、実際には2026年以降のシンギュラリティ世代からようやく先進科学というものが世の中に実態として影響を与え始めるはずです。  そのわかりやすいテーマの一つに、移動手段や輸送手段の自動化があります。今の一般的な予測では2027年に運送トラックの自動制御化というのがありますが、私のチャネリングでは2026年に始まります。この記事を書いた日から6年以内です。    運送業意外だと、漁業、鉄鋼がまず初めに自動化されます。要するに危険を伴う作業から優先的に自動化されます。これにはいろんな背景があると思いますが、危険を伴う作業はコストフルですし人的被害や経済的被害がもっとも大きい領域だからともいえます。そのため、人々も自動化を「人情的に」受け入れやすいのでしょう。    資料では西暦2200年まで量子の時代とあります。現段階でもIBMなどを通して量子物理学の応用はめざましいものがあるし量子コンピュータの実装なども夢ではないと思いますが、実生活に直接的に影響するにはまだほど遠く、おそらく一度AIの時代を謳歌する必要があるのでしょう。    ちなみに、生きるために必要なスキルや知識も変わります。2020年からは日本もサラリーマンという概念がなくなるし、公務員というのも死語になります。(デジタル庁の件)したがって、皆が独立自尊で生きていくことになります。今までにみたいに誰かに依存する生き方はできないということです。   ただ、スピリチュアルを学んでいる人たちにとり最も重要な情報は、むしろ他にあります。    スピリチュアルセラピーというのはインドでは7,000年も前から実在しましたが、おそらくこれからも発展し続けるでしょう。その最大の特徴はスピリチュアルセラピーが一般化されるということです。    もちろん一般化するのは主にXCIを運用しているTHE VERITIES ORGです。なぜならTHE VERITIESはスピリチュアル界のGoogleともいうべきポジションだからです。    一般化される際に確かめておきたいのは、スピリチュアルは学問であるという事です。しかし、単なる机上の空論というよりはAIやPythonと同じレイヤー、つまり理論物理学と実験物理学の間くらい。    今ではITというとAIを意味していますが、一昔前まではSEOでさえもITに含まれていましたし、Google以外のSEも多分に使われていました。  それと同様で、スピリチュアルといえば今はチャネリングやソウルメイト学、ヒーリング科学(理論)が主ですが、かつては「占い」が含まれていました。占いは楽しいですがスピリチュアルと言うのには少し粗すぎます。     スマートフォンの画質が指数関数的に伸びてファーウェイのように安価に手に入るようになるのと同じで、スピリチュアルの画質や解像度、アクセサビリティも飛躍的に向上するはずです。  今は日本の国立大でもスピリチュアルの研究室や授業があるくらいですから、私たちが「大学院レベル」を目指すのは当然だとおもいませんか?    加えて、スピリチュアルは云わば領域横断研究です。基礎科学や神経心理学の知識を応用していますから、リベラルアーツで学ぶ内容の内の五分野程度の知識は必要です。  マスターはいずれケンブリッジで授業を取りソサエティで談話に花を咲かせる日もあるかもしれません。少しジョークも交じってますが。     XCI本部と直営校について  チャネリングの中で、私がXCI日本本部についても設立する必要があると降りてきました。またそこを使って直営校を開設することにもつながるようです。  チャネリングした直営校の内容は次の通り。 …

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生きとし生けるものの責任

時代の節目  昨年、私たちTHE VERITIESマスターヒーラーがヒーリングしていた、日本経済(金融の闇)と、戦争社会のカルマが解除されたせいか、政治ががらりとかわりましたね。  デジタル庁ができれば、明治時代の体制(戸籍制=日本版アンシャンレジーム)も不要になるはずです。また破綻していた年金と生活保護制度がなくなれば、ベーシックインカムの導入も可能になります。  今までお金のために命をささげてきた日本が、かわりつつあります。つまり、命=人生を優先し、金銭を後回しにするパラダイムです。   これまで日本を蝕む病は大きく3つありました。公務員制度、教育費、そして金融ですが、その背景にあったのは年功序列という社会主義制度でした。今日まで続いたそのパックスが年内にはなくなり、来年からは戦争から立ち直れる可能性が高まっています。 スピリチュアルに関わる人の責務  来月10月よりホーリーチャネリングと財産ヒーリング、そして透視ヒーリングの授業が再開されます。  ホーリーチャネリングは祈りの授業ですが、祈りなき技術に救いはありません。祈りは全てを変える力を持っていますが。願い事をしているうちは無理です。純粋になる必要があります。   かつて、透視ヒーリングクラスは不可解な事故に遭ったり自らの闇に飲み込まれてしまう人が多かった最上級クラス向けの授業です。自分の闇と対峙できなければ、すぐに光を見失います。そのために必要なのは「自分の中の闇を受け入れること」に尽きます。  大抵の人は自分の中の闇についてネガティブに捉えます。大抵はそれで自分を見失います。光と信仰とは、自らが闇を持つことを知る事でもあります。それすらも乗り越えた時に初めて出会うのが光と信仰です。  光と信仰があれば、技術は二の次ですが、自分と向き合えなければ技術や知識などは全くの宝の持ち腐れです。技術は使う人の心次第です。  怠惰すること、貪ること、慾することに溺れ兼ねない危険性を知るべきです。スピリチュアルに関わる人の責任とはそのことを云います。  人間がいかに弱く不完全で強欲かを知るべき。光はその先にあります。透視ヒーリング技術のマスタークラスでは確実に自らの闇や闇の存在たちと対話することになります。  自らの闇に気づいて、赦しと愛を信じることができなければ、自害するに等しいでしょう。  成長とは、強くなる事ではなく自らの不完全性を受け入れることです。  それがスピリチュアルリーダーとしての責任です。 スクールが2校決まりました。 Iris Meditation Schoolさんと、Angelic Formさんです。 いずれも年内開業で、関東と東北ですが、いずれも5年以内に米国圏での開業を目標にされています。 本部は講師とスクールオーナーさんのバックアップがメインになります。授業は中上級(Moonstone以上)を中心に指導業務を行います。 中級までは各地のスクールに委任することになりました。 しばらくはインストラクター育成のTurquoiseも指導対象ですが、Turquoise修了生が10名に達したところで本部の指導は打ち切り、各スクールに委ねます。 ただ、年内4校決定がチャネリング結果です。ですので、あと2校までは受け入れる予定です。 加盟料の減額もこの2校については許容するつもりです(来年以降は減額制度はなくなります)。 スピリチュアルリーダーとしてやっていこうと思う方は自分の技術やキャリアよりもミッションと自覚を優先してください。 意識が先決で、現実は後です。 Raphael

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スクール開業のすゝめ

veritiesプログラムを活かしたスクール事業開業予定の方へのお知らせ ※当記事は、the Veritiesのプログラム受講中の方に宛てた記事です。 これから講師活動を始める方で、Lapis Lazuliまでの受講契約の方は おそらくヒーリングセッションや闇払いの技術も必要性を感じていると思います。 そこで、次の項目に当てはまる場合は、財産ヒーリングとホーリーチャネリング(合せて受講料100万円分程度)を 無償で追加させていただきたいと思います。 ・ 2020年9月20日までにスクール開業の申請登録&手続き完了をされた方(ですので、登録申請は9月10日までが期限) ・ Lapis Lazuliを受講中で、神聖幾何学の受講修了目途が立っている方 です。 また、 ・ スクール加盟金80万円 → 40万円に負担軽減させていただきます(分割の場合は60万の10ヵ月分割、保証金は据え置き)。 こちらも9月20日までの手続き完了が条件です。 年内に開業着手されたい方は、お急ぎください。 (国際プログラムで予定している方も同様です) 創業者としても、今後は新規のスクールにお任せしていくので、開業スタートして、その後の実務の方に集中していただければと思います。 宜しくお願いいたします。 ※Wisdomの方は最初から財産ヒーリングとホーリーチャネリングが含まれているので、適用外になりますが、開業の場合は同じように加盟金40万円にさげさせていただくので、ご相談ください。

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心の中の御光とは?

奇跡は必ず起きる Guten nacht. ラファエルです。  今日は比較的スピリチュアルでは有名な信義則の一つ、信頼と奇跡についてです。“XAVIER’S SCHOOL FOR THE GIFTED”の話じゃないですよ。    「信頼は現実に奇跡を齎す」。スピリチュアルの大原則の一つで、受講する場合には必ず学ばなければならないテーマの一つであり、私がイェール大学のようにスピリチュアル科目を教養学科の一つにすべきだと主張する最大の根拠でもあります。死についてだけじゃない、生についても積極的に扱うべきだ。    信頼とは何か、ja,ja,すごく難しいテーマです。でもそういう立証不能なことに敢えてメスを入れることがスピリチュアルの専門分野なんです。それを実証科学では扱えないでしょう。でも見方によっては実証科学は理論科学の支柱ともいえる。   今回は、信頼と奇跡という一見して関係なさそうな、でも近い未来、おそらく全人類が必要になる話です。 信頼=この世界を信頼するということ   信頼という言葉の定義については一般的には「見返りを求めずに頼る事」とあります。スピリチュアルにおいて奇跡に関わるテーマとなるのはこの世界(宇宙)に対する信頼です。  普段生きていると、突如問題にぶち当たり、絶望したり怒りに身を任せてしまうことがあり「どうしてこんな世界に生まれてしまったんだろう」と思うことさえあります。世界や周りの人たち、世間を恨みさえする可能性もあります。  心理学的には幼少期の頃の体験から、世界への信頼を失うことがある等と言われていますが、原因がわかったところでじゃあ今から幼少期に戻りましょう、とはあんまりならないでしょう。  ところがスピリチュアルでは戻れます。疑似的ではありますが、初級では瞑想をして、自分が本当はどういう気持ちだったのかを想起したり、頭で考えることをやめて傷ついた心を癒すことに専念し、問題の原因となっている心理的な特徴について多面的に捉える訓練をします。  上級になれば後退催眠を応用したり、透視したりもしますが、理論は同じです。  しかして目標は、この現実世界に対する信頼を取り返すことです。ほとんどの場合は、解決が可能だと考えています。信頼することで、現実世界と自分との間の接点を修復し、現象化のプロセスを癒すことで問題の解消を試みるというアプローチです。  世界に対して信頼できるようになるということは、現実を善く生きることに直線的に通じています。信頼をしているからこそ、健康や心の状態に関心を傾けたり、健康や日々の平穏のために行動することができます。 しかし、その信頼とはどこから来るのでしょうか? 目に見えるものではないので、だれにも提示ができません。その割には自己の行動を変える大きな要因の一つになっています。最終的には自己実現にもつながる大事かつ高度な精神活動でもあります。 スピリチュアルの解釈では「神はみんなの心に宿る」 喧嘩したり、揉めたりする。ほとんどの人はその事象の重さに悲観視し、怒ったりする。  スピリチュアルをやっている人たちもそうなるときはよくあります。けど、一つだけ違う点がある。それは修正することができるということ。これはスピリチュアルを学んでいない人との大きな違いでもあり、人生を歩む上で、目立たないけども、とても大きなアドバンテージでもあります。特に30-40代はめまぐるしいですから、よけい「早くこれを知っておけばよかった」と思う羽目になるかもしれません。  自らを修正することはすごく難しいことです。でも、スピリチュアルで「世界は自己修復次第で大きく変わる」と知ったらどうなりますか? 世界は恐ろしく安定的で平和な世界になる。自分が発信する周波数を変えれば、現実のホログラムも当然違ったレスポンドを返してくる。合わせ鏡の原則が働くから。  スピリチュアルリーダーのミッションは様々な種類に分かれます。しかしその多くは平和につながっている。しかしなんの?  それは「心の平和」です。  スピリチュアルを無駄にしないために知っておくとよいことは、自分を変えることはできるということです。多くの偉人たちが共通して言うのは「自分を生きることと、世界は同じこと」と言います。その意味は、勉強できます。勉強したからと言って実施できるかどうかは保証できませんが、少なくとも勉強できるところはほぼ皆無。まして日常から少し距離を置いて客観的に知る機会など21世紀初頭の少なくとも日本ではほぼ毛頭ありません。  チャネリングはクエリーに対するレスポンドだとこのコラムで教えました。別にコラムじゃなくても授業でも同じことを言います。何ももったいぶる必要はない。全人類が今すぐにでも知った方がいい事柄だから。  イエスがいったように、「汝の敵を愛せ」。なぜ? その敵は自分だからです。厳密に言えば、自分の中にある闇の部分だからです。これはゲームの話じゃありません。むしろ心理学に近い。   仏教ですべての人に仏は宿るという言葉がある通り、宗教外のスピ的にも同じことが言える。「すべての人に神は宿り得る」。なぜなら自分の心の中の神に気づくからです。間接的に、外部に投影することになるでしょう。宗教めいた言い方をすれば、「神の御光と導き」を現実にその目で見ることになる。  世界を構築しているのは紛れもなく自分の心です。それ故、世界に対する信頼感が人生の成功における最大のKSFになっています。なぜなら「変えることができる」と無条件に信じることができなければ、何もアクションを起こそうなどと思いません。自分の行動が現実を変えることに変わりはありません。しかし、通常メタ認知をすることは容易ではないのです。だから瞑想して意識や思考を敢えて閉ざす。目に見えるものに頼らずに生きることで、反って目に見える世界すらも修復できるようにする。    おそらくそれができる(発見できる、洞察ともいう)までは苦痛しかないですよ。Pain,Pain,Painの繰り返し。みなさんがこれまで感じてきたのはそれです。取引で失敗したり、裁判をしたりといったことで落胆することが多いのは「自らを変えることで世界は応えてくれる」ことに気づかないからです。  でもスピリチュアルを勉強している人たちは、・・・特に努力値の高い方は・・・ある時気づきます。この痛みは自分の中にあったものなんだったんだと、瞑想したり、チャネリングをすることで気づくんです。チャネリングできない人よりも圧倒的なスピードで。だからスピリチュアルを学ぶとそうでない人よりも指数関数的な成長曲線を描いて人格成長が早まるという表現をしているんです。  それはまるでチャイコフスキーか、モーツァルトのようだと言いたいところですが分かる人がまるでいなさそうなので、わかり易くいうなればButterfly-effectだと言っておきましょう。それに宇宙は思考する。    自分と、宇宙との間に瞑想によってセッションを開始すること。それが自分の中に神を宿らせるヒントになっているんです。 ほとんどの人が、自分の居場所がわからずに泣いている。  では自分の心の中に宿る神が示してくださるのは何かということですがそれは「許し」です。許しは業の終わりを意味します。  業が終われば現実が変わる。みんながいう「奇跡」とはそのことを云っているんです。これまでローマ教皇(パパ)が人類に口伝してきたことはそういうこと。  許しは奇跡の証なんです。キリスト教がなぜユダヤ教から派生してここまで広がったか? それは信憑性が高いしみんなが内心望んでいることだから。     じゃあ許しってなんなのか。「あなたは全て。あなたはそこにいてにこにこしてていいんだよ」という意味です。その許しの行為を「愛」という。全部聖書の書いてある通り。宗教の枠を超えて知らなければならないことはそういうこと。悲しみをぬぐい人にその許しの秘跡を教えたくてイエスは血を流された・・・信徒以外にとってはまるで神話のようですがこれは本当です。   すべてを許すということは、自分を許すということ。  そこからその人の本当の人生が始まる。 …

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PV999達成記念

ヒーリング&メディテーションの人間にとっての重要性 Guten abend, meine Damen und Herren. ラファエルです。 お久しぶりですが、みなさんお元気でお過ごしでしょうか。 今日は、このサイトが初めてPV999、UU100を達成したことを記念し、 ちょっと特別な記事を書こうと思います。 なぜなら、私たちが公に出るのが久しぶりだからです。 私に至っては受講開始後のこの1000日間、ほぼずっと修行モードでしたからね。 (今ある種の上級クラス修了試験をやっているところ) 千日修行を終えてみての感想も踏まえて皆さんにレポートしていきたいと思います。 何をかといえば、私自身が感じた、スピリチュアル教養の大切さについてです。 いつもながら左脳派スピリチュアルなのは理系ならではのご愛敬ということで。今日もよろしくお願いします! 1.生きることを学ぶのがスピリチュアルの本分であり本質  ヒーリングによる問題解決も重要ですが、実際にはそれはスピリチュアルの本質ではありません。むしろ、問題解決はヒーリングから派生した結果の一つにすぎません。このことがわからなくなると、技術至上主義に入りがちですし、官僚主義になりがちです。    私たちは普段、自由と共生協働運動の間でたくさんの矛盾に出逢います。例えば会社に行けば上司が指揮を執り、実行します。  子どもがいれば、本当は今すぐにでも海外旅行したくても、二の足を踏んだり、パートナーと食事に行きたくても日本の場合はアジアやヨーロッパ程お手伝いさん文化が浸透していないために行けなかったり、色々あります。  私たちスピリチュアルリーダーがやることは、文明を進化させることで違いありません。リーダーになる人はみんなそうです。そして通常はスピリチュアル以外にもいろんなスキルを持っていますし、普通に会社で働いていることもよくあります。    ただスピリチュアルを学んでいない人たちと違う点は、目に見える世界と、目に見えない世界を合わせ鏡のように見ながら物事を選んでいるっていうことくらい。両方の目線から物事を考えることが多いです。   そして最近私もそうなのですが、段々、目に見える世界になんらの根拠もないことがわかってきます。物理世界で何かやったところで、付け焼刃なのも経験的によく知っています。 どういうことか?  人間の意識が干渉している世界などほんの微塵にも満たないという事です。それがわかっていて初めて努力の価値が分かるともいえます。何を努力するのかといえば、理想と現実のギャップを埋める努力です。これは、スピリチュアルをやっている人じゃないとわからないかもしれません。てっきり、何の努力もしないですいすい生きていけるようになるのがスピリチュアルだと誤認されていますが、そうではありません。  本当の理想の姿を知り、その上で現実での取捨選択をすることが、スピリチュアルリーダーとそうでない人の違いです。ほんのわずかの違いですが、それが彼らの人生を決めています。  よく考えずに行動する人も居ます。よく考えてから行動する人もいます。しかしスピリチュアルを学んでいる人たちには到底かないません、おそらく無理でしょう。なぜならこの世界は考えても1mmもわからないことが多すぎるからです。もっとはっきりと言えばそもそも自然界はコントロール不能だからです。  たとえば磁力線を見せろと言ってもわからないのと同じことです。そこに磁力線があると分かっていればその視野と方向によって磁界の原点や大きさまで測れます。しかし今の人類では機械なしにそれを把握することはほとんど現実的ではありません。  スピリチュアルを学んでいる人たちはその磁力線が描ける側の人間なんです。それが学んでいる人と学んでいない人の大きな違い。方向性、視点、広さまでわかっている。そこから目標地点までの距離まで大体目分量ですが推し量れるというアドバンテージを得ているんです。だからみんな今この瞬間も、弊校のオンラインコースでスピリチュアルを勉強しているんですね。    磁力線が描けると言えばそれがどのくらいのアドバンテージだか、どの程度の威力なのかお分かりになると思います。手当たり次第に砂鉄をばら撒かなくて済むという意味です。人生でも同じことが言えます。    航行は航行図がなくてもある程度の勘と星空が見えていれば、そして月の満ち欠けや高さから時間を想定できればなんとなく方向性がわかります。しかし人生においてほとんどの場合航行図はおろか高さや時間すら目に見えません。  磁力線が敷けるアドバンテージがここにあります。   スピリチュアルを学んでいない人はここがわからないから乱心するんです。見誤ったり、道を外したりしてしまう。道がわからないし、歩き方も覚束ないまま。暗闇の中で心の内に宿るその御光を自ら見出すまでは自力救済しかありません。恐らく人生経験を積んだ方ならわかると思いますが、それが非常に困難であることを知っていて、しかもどうしようもないこともよくわかっています。だから多くの人は、patient, 忍耐するか、なかったことにするか、諦めて放棄するか、罵声を浴びせるか批判するくらいしか選択肢がありません。ところがスピリチュアルを勉強した人であれば、違う選択肢があります。  「何がそうさせたのかを解明する」という選択肢です。    ニュートンリングなら目に見えるでしょうし原理の説明も比較的容易です。しかし統合失調症の裏側にかくされたトラウマを探し出すのは容易なことではないんです。そうなるとしかるべき処方は薬理療法といった対症療法だけです。でもそれでは根本解決したことにはなりませんよね。  それと同じことが人生においても起こります。離婚、破産、脅迫、いろんな脅威から身を守りながら生きていかなければならない。これは地球のように比較的原始的な文明社会ではよくある光景です。他の惑星系でも勿論こういったケースはよくあります。  しかし慢性的な不調を対症療法ではなく文明の発達と共に保存療法に切り替えていくのと同じように、人生でも対症療法をやめて保存療法に変えることもできるんです。すなわち、瞑想と透視です。    透視は正直、教えるのはかなりはばかられるものがありますが、訓練を積めば誰にでも可能です。基本モデルはすべてチャネリングだからです。しかしそれが厄介で、弓道と同じで型を覚えないといざという時は使いこなせん。従って一定の訓練が必要だという理屈になるわけです。 ではなぜ瞑想や透視が保存療法と同じに例えられるのか追ってみていきましょう。 2.深い瞑想、その先にあるのは透視  人は実に多量の記憶を抱えています。ヒトゲノムの研究をしている方なら想像ができると思います。なんて膨大な量の記憶なんだろうって。小宇宙と云われるのも納得です。  最近、脳は代数的位相幾何学(所謂トポロジー。トポロジーの歴史自体はそう新しくもないが)のアプローチで11次元体だったことが発表されたのも記憶に新しいですが、もう少し前に11次元宇宙についての研究がなされていたことも記憶に新しいですね。ちょっと前まではブラックホールも含めてスーパーナチュラルとてっきり思っていたことが実は日常的な自然現象に影響を大きく及ぼしていることが徐々に発覚しています。(それを見つけた研究チームがローザンヌというのも非常に面白いです)  そう、とにかく自然なことというのは人間の創造の遥か上を歩いているということ。そして、人間が記憶と錯覚していることについても少しずつですが解明されていくと思います。  人が瞑想しているときにまずやることは、意識を鎮める事です。意識を鎮めることで聞くつもりのなかった声を聴いて、話すつもりのなかった話をすることです。とにかく「つもり」を捨てて、つまり自我を捨てることで、自分以外の意識に目覚めることです(深い瞑想がもたらすのは、平たく言えば半意識下に眠っていた情報を呼び覚ますことです)。  普段人が口にしてモノを考えているときは脳や遺伝子はほとんど使われていません。正直これはほとんど昏睡状態に近いと思っても良いと思います。ほんのわずかな能力を使って人は日常を<やり過ごしている>と言っても過言ではありません。 …

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更にわかり易い「ヒーリングの影響」

「問題につきあわなくなる」がわかるとヒーリングの意味がわかる。  ストレスの原因は不安やイライラと様々ですが、その大本は恐怖です。恐怖とは怒りの前兆ですが、怒りは孤独から来ます。孤独の原因は様々ですがその意味は簡単です。死の恐怖を意味しています。  しかし、一概に死の恐怖といっても切り口や経路は様々で極端に言えば1個1個探り出して絶っていくしかありません。恐怖そのものを消すというのは時間をかけていけば可能かもしれませんが、究極生物としての肉体を離れるしかなくなるからです。  そう考えると、生きている限りは死への恐怖と上手に付き合っていく必要があります。その付き合い方は色々ですが、その一つにヒーリングという答えがあるといえます。  「問題がある」という時、暗にそれはその「問題」を認識する当事者が不安を抱えているということに他なりません。その不安がなくならない限り問題は消えません。現象レベルで1つの問題が解決してもまた同じパターンの問題を繰り返し繰り返し現像していくだけだからです。  スピリチュアルの解釈では“現象”に問題があるのではなく“問題と認識している本人に問題がある”んです。例えば通勤時間帯が同じでも労働時間が短いイタリア人に対して「怠けている」とピリピリしている人がいたとしたらばそれはイタリア人に問題があるというよりもそのピリピリしている本人の中に不安や恐怖が隠れているんです。  だから放っておくしかない・・・というのがヒーリングやスピリチュアルをやっていない人の考え方です。  スピリチュアルでは違います。通常ヒーラーやエネルギーワーカ―といった人たちはそのピリピリしている原因となっている不安や恐怖を分析にかけて対処しようと試みます。  そうするとどうなるかというと、ピリピリしている人がヒーリング成功すればピリピリしなくなります。  もちろん不安の認知といった動作自体は高度な知的活動そのものです。だからヒーラーは知識産業・ナレッジワーカーだと云われているんですね。  追記程度ですが、専らヒーラーは普段はセルフヒーリングといって、自己の中に伏せている恐怖や不安を癒します。クライアントが現れればその人を通して癒しますが、毎日クライアントが現れて忙しいという場合はプロのヒーラーの仲間に依頼します。そのくらい、自己のヒーリングに注意を払います。  ところで、「問題に付き合わなくなる」こととヒーリングどう関係があるかといえば、自分が問題と思わなくなることが増えていくということです。それはイタリアの例と同じことが繰り広げられるので、結局ヒーリングを受けるメリットは「問題だと思っていたことが問題じゃなくなる」し、もっというと自分が「問題」と認識しなくなることで「問題」と思っていたことが起きなくなるということです。  認識が現象を映し出している。現実は心の映像だと言ったら、わかると思います。問題だと思うから問題が起こるんです。ヒーリングの目標は、問題と思わなくなるところなんですね。