さて、「東京に戻ろう!」と決めたのは良いのですが、何から手を付けようか、まだまだ未定の部分が多分にありますが、ちょっとこのあたりで「自分がスピリチュアル活動でやってみたいこと」についても整理してみようかなと思います。

多分、私の場合東京でスピリチュアル活動をすると好きで集まってくる人がたくさんいらっしゃると思うんですが、共通項が明示されていた方がより良いだろう、という検討もあります。

日本でスピリチュアルを伝えるならこれ!

登山・・・ではないです。

まあこれも一応チャネリングしながらにはなるのですが、大きくは次のテーマが良いようですね。

・ 個人の人生観に関わる事、方針、人生設計=ライフプラン
・ ビジネス上での戦略、特に、新しい社会環境におけるビジネスの方針(経営戦略)について
・ 精神の平和

以前は主にパートナーシップに関するものや結婚生活に関するものが主題だったので、その点では大いにテーマが変わります。

確かに必ずしも結婚=人生、という時代でもなくなりつつありますから、社会の多様化に合わせて個人の需要が高まっている感は否めませんね。

一方で私個人的に関心が向いている領域もあります。

・ 脳科学との統合

・ 実生活へのスピリチュアルの活かし方

・ 信仰と平和とがどのようなメカニズムにてリンクたり得るのか?

特に、精神の平和と実生活との関連で、それらの中間媒体としての脳科学分野が影響していると考えています。

ちなみに、このあたりに関しては実はもうMARYの代でもある程度加味されていました。特に東京では瞑想BGMを制作するなど具体的な計画も実施されていました。

少し話題は変わりますが、海外向けに配信するメディテーションはZENをフィーチャーしたものや日本古来の文芸を引き合いにした、かなりキャラクターの濃い内容にしてあります。

その方が日本発ブランドの感があるからですね。いくら海外文化のものを用意しても響きませんから、そこはルーツを強みにしたキャラクターを押し出していると言っていいものです。

一方で、海外では瞑想がメッカのアメリカなどではすでに脳科学がリンクしています。

日本でも東京大学で脳科学と瞑想の関係性や応用可能性を調べる研究も始まっており、今さらそのあたりを前駆体として用いるつもりはないのですが、とはいえスピリチュアルヒーリングと脳科学、特に認識宇宙論とのからみは非常に興味深い分野です。

丁度、19世紀初頭に哲学から自然科学へと発展したのと同じように、スピリチュアルからスピリチュアル科学的な分野が派生してもおかしくはない。そう考えるわけです。

信仰を持つ、ということはある種の精神衛生的な実用主義に依拠する側面を有しつつも、河合隼雄氏のような人間の無意識の中に潜む現代物理学では説明がつかないような原始的人格モデルの形成前段階・・・アダムとエヴァのような原型が人間の意識に及ぶまでの隠れた心理プロセスにスピリチュアルのエネルギーワークや瞑想がどういった効果性を齎しているのか、のような話はまだまだ東京大学でも研究の対象範疇には入らないと勝手ながら予測しています。

この辺の前衛科学みたいな領域が少なからず人の生活の役に立つ可能性を私自身は感じるし、実際ヒーリングをする前と後では全く違った世界観を体験しているわけで実証科学的にはある意味検証できているんですから、じゃあその背景理論って何なの?と思うのは恐らくは自然な流れです。

例えば「次元」という単語を出した時に、スピリチュアルと科学哲学での領域で多少の誤差は常にあれど、概ね人間や観測主体が認識できる範疇を指しています。

実際にテーブルに手をつけば堅く、冷たいかもしれないし、やわらかく暖かいかもしれない。これは次元によって説明がつきます。

スピリチュアルで言うところの次元上昇と言うのはつまるところ人間の認識の範囲が広がることを意味しており、それが直接文明の進歩に関係しています。

それと信仰となんの因果か相関関係があるかといえばなかなか説明が難しいですが、そこはかとなく思うのは人間は不安(に感じること)が減れば減っただけ進化発展するということです。

不安を乗り越える時、既に進化発展しているともいえます。

むしろスピリチュアルにおけるヒーリングとは、その「不安を乗り越える過程」にあるとすら私個人的には解釈しています。

ヒーリングを請負うとき、かならずクライアントからの申請と同意が必要だということを常日頃から指導しています。

それと同時に、クライアントがヒーリングしてほしいと言った場合には、それはもうヒーリングされてるにも等しい。ヒーラーがすることは、それに少し肩入れして背中を押す程度の力だけ。

という話をしています。

勿論それは技術や自分の力を過信してほしくない、といった規範的な意味合いも込めて例え話をしていますが、実際のヒーリングの臨床でもそれがあるのとないのとでは成果に違いがありすぎます。

言い換えればクライアントさんにしていただく必要があるのはその決意表明だけ。なのでここでは別に負担の多寡について論じているわけじゃないんですね。

ヒーリングの依頼の時点で、クライアントさんは様々なことを信じています。

まずはヒーラーさんを信じています。

理由はともかくとして、何かが変わる(であろう)ということも信じています。

その技術や背景についてまで問いません。

これは明らかにその人本来の信じる力=信仰力が生きていると言えます。

そもそも信じなければ頼みもしなければ調べもしないですし、興味すらわきません。そういう意味においては懐疑主義で調べたとしてもある意味では(おそらくそういうものがあると仮定するなり)信じている心理状態です。

なんだか狸に化かされた気がするかもしれませんが、そもそもその人が変わると信じていなければ変わりようがなかったことになります。

だから、ある意味では依頼があればその時点で変化は既に成立しているんです。

あと、ヒーラーさんが背中を押す程度だというのは確かです。エネルギーワークだなんだって言っていますけど、結局人間は脳波と脳波で会話しているわけですから、ネットワークは常にそこかしこに繰り広げられています。

まあ、謂わばインターネットのWWWみたいなもんです。

そのあるネットワークを介して、かつ自分の脳波を仮にコントロールすることができれば相手の脳波に何らかの影響を与えることは容易です。

このメカニズム自体は別に普段人と会話しているのとそう大して変わりません。ある程度言葉を選んで相手に伝えるわけなので、ヒーリングというのは結局はコミュニケーション技法でしかありませんよ。

ただ、そのコミュニケーションというのがあまりに独特すぎて普通の解釈では難しいからわざわざ私達みたいに訓練する場を設けているというのは云うまでもありません。それがなければヒーラー足り得ないからで、そこに独占権が成立し得るわけです。(理屈は簡単だがとはいえ誰にでもできるわけではないということ)

それについて、いくつか参考になりそうな文献もネット上にありそうですが今は概略だけに留めて割愛しておきます。

信じることが、変化の始まりだということは間違いありません。

その変化の方向性というのも、何が変化を支配しているのか、ということに繋がっていくわけですが、ここからは今後の研究対象ということで残しておこうと思います。

実施形態としてはどこを目指すのか?

具体的な実施内容としては先ずは勉強会を開きたいと考えています。

よく、大学院や大学同士での分野横断型研究などで行われる形式で、セミナーのような形態になることが多いです。

要するに、自分が専門としている範囲を発表する場を設けて、他分野との連携や意見を交わしたりディスカスする場を設けたいということです。

これについては、単純に発信するだけでも価値のあるマインドセットも多いので、参加したい方は多いと思います。特に東京ではそういうアグレッシブな方が多いし、前線で活躍する方であれば誰でも自分の専門外でも見識を拡げたいと思っている人は常にそこかしこにいます。

六番町を中心に活動するのであれば、紀尾井町近辺にたくさんそういった空間はあるし、少し足を延ばして半蔵門や神谷町などで定期開催するのもわくわくしますね。

京都では京都大学教授がその先陣を切り禅と宇宙という分野横断型のセミナーが過去既に開催されています。

そのような感覚で、スピリチュアルと信仰(例えばカソリックやマリア様と奇跡について等)とのディスカッション、スピリチュアルと医療、以下同じように宇宙工学や天文、気象現象や放送メディア、経済や財政、公共政策、戦争と平和といった様々なテーマとの連携が可能です。

丁度、近辺には上智大学や青山学院大学もありますし、イェール大学のようにスピリチュアルなテーマをタブーとせず、敢えてメスを入れるという刺激的なオーラを愈々解き放っても、楽しそうですね。

もちろん平常通り、毎月3~5回程度のペースでスピリチュアルのレッスンは続けますよ。

しかし、新たなステージに立っている今、全部が全部今まで通りでも面白みに欠けるでしょうから、何か自分なりのオリジナリティを以て新しい時代の幕開けを迎えたいと思います。

今日はこの辺で。

Raphael.

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